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昔からの商店街、昭和の趣を残す家屋、狭く入り組んだ路地……さまざまな再開発が進む東京だが、中には再開発されないままの街もある。
タワマンや高層オフィス、大きな商業施設が生まれない街には、どんな理由があるのか――。ライター・坪川うたさんが、緻密なリサーチとフィールドワークで送る連載。第8回は「永福町・西永福」を取り上げる。
前編では、京王井の頭線の永福町駅・西永福駅周辺の現状と歴史を伝えた。
京王井の頭線の永福町駅。商業施設「京王リトナード永福町」が直結している(写真:筆者撮影)
京王井の頭線の西永福駅(写真:筆者撮影)
幹線道路沿いを含めて大部分を低層の建物が占め、商店街が軒を連ね、戸建てが並ぶ閑静な住宅地である。市街地再開発事業は実施されておらず、タワマンや超高層ビルはない。
永福町駅周辺の商店街(写真:筆者撮影)
続く本稿では、永福町駅周辺はなぜ再開発されないのか――その理由を分析する。
鉄道の開通が遅かった
永福町・西永福が再開発されない理由として、まず鉄道の開通が遅かったことが挙げられる。
杉並区では1889(明治22)年に甲武鉄道(現・JR中央線)の新宿-立川間が開通し、2年後の1891(明治24)年に荻窪駅が開設され、周辺の市街化が進行した。
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