永福町では、帝都電鉄の開通前から、石田集という人物が土地経営に乗り出していた。帝都電鉄の開通前は思うように売れなかったが、開通後に買い手が付くようになり、1937(昭和12)年に永福土地合名會社を創業している。
1937(昭和12)年ごろに発行された分譲地を案内する『内務省指定風致地區永福住宅地の栞』を見ると、永福町駅・西永福駅前に事務所を置き、「第一永福荘分譲地」「第一松柏園」など各駅周辺の複数のエリアにおいて土地を分譲していることがわかる。
栞には、永福住宅地に「既に多くの高級住宅は建設せられ、近代的優雅な文化住宅が、武蔵野の自然美にシツクリと調和して、氣品に輝く平和な田園都市を現出しつつあります」と書かれている。
「風致地区の、永遠に伐採せらるるなき美しき森林」など、風致地区に指定されたことで環境が保護されることもセールスポイントのように添えられている。「本地帯を明朗なる高級住宅地として、健全なる発展を熱望する」とも書かれていることから、高級住宅地を志向していたことが読み取れる。
興味深いのが、この戦前の謳い文句と同じように、今でも風致地区が住宅のアピールとして使われていることだ。
たとえば、三井不動産グループのサイトにおいて「パークホームズ西永福」(2015年竣工)は、「北側には『杉並の杜』の称号がふさわしい『和田堀風致地区』が控える、利便性と豊かな緑が絶妙に調和する地に位置」と記載されている。コスモスイニシアのサイトには、「イニシアフォーラム永福町パークサイドステージ」(2026年竣工)は「『和田堀風致地区』内に位置」と書かれている。
杉並区の都市計画
杉並区の都市計画マスタープランを見れば、鉄道の開通時期、および高級住宅地の存在が行政による都市計画にも影響していることは明らかだ。

