本当にすごい話ですが、しかし「天才だったんじゃないの?」と考える人もいるかもしれません。そして正直に言えば、それは半分正解です。清野さんは間違いなく地頭の良い青年です。
でも、それだけでは絶対にない、というのが僕の見立てです。
清野さんのようにドラゴン桜的な受験を成功させる人たちには、ある共通点があります。それは、「足りないからこそ考える」という、ネガティブ・ケイパビリティ(Negative Capability)の力です。
聞き慣れない言葉かもしれませんので、少し説明させてください。「ネガティブ・ケイパビリティ」というのは、もともと19世紀のイギリスの詩人ジョン・キーツが兄弟宛の手紙の中で使った言葉です。
日本語に訳すなら、「答えの出ない、どうにも解決しようのない事態に耐える力」「不確実さや、わからなさ、宙ぶらりんの状態のまま、性急に結論に飛びつかず、そこに踏みとどまる力」といったところです。日本では精神科医の帚木蓬生先生が紹介されたことで、少しずつ知られるようになった概念です。
僕たちは普通、「問題を早く解決する力」=ポジティブ・ケイパビリティを重視して生きています。学校のテストも、仕事も、「早く正解にたどり着く力」で評価される。それはそれで、もちろん大事な能力です。
でも人生には、すぐには答えの出ない問題というものが、たくさんあります。
• 貧しさから抜け出せる日が、本当に来るのかわからない
• こんなに勉強して、東大に受かる保証は、どこにもない
こういう「わからなさ」に押しつぶされず、わからないまま、それでも歩き続けられる力 。これがネガティブ・ケイパビリティなのです。
清野さんは、この「ネガティブ・ケイパビリティ」の塊だった
清野さんの人生を振り返ると、彼はまさにこの力で受験期を生き延びた人だと感じます。
家族はいつ壊れるかわからない。お母様の症状がいつ悪化するかわからない。生活保護世帯から東大に行けるのかもわからない。共通テスト本番でE判定を突きつけられたときですら、彼はすぐに「じゃあ諦めよう」とも「絶対受かる!」とも決めつけず、わからないままの状態に、じっと踏みとどまったのです。

