当日の朝のお話です。私が丹羽さんの家で診察を終えて帰ろうとしたときに、文子さんに玄関で呼び止められました。
「男の人って最期まで格好つけるんですね。主人ったら、昨晩、『明日、旅に出るから、いつものカバンと靴を用意してくれ』って言うんです。だから『私も連れてって』とお願いしたのですが、『遠いところだから君は家で待っていなさい』なんて言ったんですよ」
「えっ、どういうこと……?」
「先生、枕元のカバンと靴に気がつかなかったの?」
「そういえば、カバンはあったかな……。でも靴は玄関じゃないの?」
「何をおっしゃるの。旅立つのに、枕元に靴がないと困るでしょう」
「えっ、丹羽さん、今日死ぬの? 笑っていたよ。死ぬわけないよ」
そんな会話を交わした後、私は小笠原内科に戻り、外来診療をしていました。2時間後、文子さんから電話が入りました。
「今、主人が旅立ちました」
私は驚きました。
「すぐに、往診します」
すると、意外な返事がありました。
「先生、主人はもう旅立ったんです。それよりも、目の前の患者さんを診てあげてください。私は夫と2人で最期のときを楽しみたいの」
「えっ、楽しむ?」と思いながら、外来診療を終えてから訪問したときには、丹羽さんは穏やかな表情で、文子さんもほほえんでいました。
25年が過ぎ、「昨晩、夫が迎えに来たのよ」
病院の勤務医だった頃に数百人を看取り、「患者さんにも家族にも、死は怖いものである」「死ぬときは苦しいのが当たり前」と思ってきた私は、カルチャーショックを受けました。
丹羽さんの清らかな旅立ちと、文子さんの笑顔をきっかけに、私は「家で何かあったら救急車を呼んで病院へ」という考え方を改めました。病院で延命治療を受けて苦しんで亡くなる方と、丹羽さんのほほえんでいるお顔があまりにも違っていたからです。この出来事があってから、私は在宅医療に真摯に取り組むようになったのです。
それから25年が過ぎ、丹羽さんが旅立った後は一人暮らしをしていた文子さんに、認知症と息苦しさや咳などの症状が出ていました。訪問診療をしたとき、文子さんはしみじみと語りました。


※ログイン後、コメント入力が可能です。