「先生、そろそろお別れね。夫は25年前の顔のままでしょう。私はおばあちゃんになっちゃったわ。こんな顔や姿をしていたら、私を見つけてくれるかしら……」
「大丈夫だよ。丹羽さんのことだから、お迎えに来てくれるよ」
呼吸苦を取るため、文子さんがモルヒネの持続皮下注射を受け始めた数日後、「昨晩、夫が迎えに来たのよ」と訪問看護師に言ったのだそうです。小笠原内科で訪問看護師から「丹羽さん、せん妄です。薬はどうしましょうか?」と問われて、私は「よかったねぇ、お別れ現象だね。薬はいらないよ」と答えました。
「私はもう十分生きました。ありがとう」
そして、私は丹羽さんの家を訪問し、私の著書『なんとめでたいご臨終』(小学館)を文子さんに見せて、「丹羽さんのエピソードも書いたんだよ」と伝え、そのページを朗読しました。
すると、文子さんは「自分で読みたい。本を見せて」と目を輝かせました。意識が鮮明になってきたのです。しばらくして、私が「今日、旅立つの?」と尋ねたら、文子さんは首を振って、こう答えました。
「先生、西方浄土ってそんなに広いんですか? 25年も前に『君は家で待っていなさい』と言われて、それからずっと待たされて。私、長い間迎えに来てくれなかった主人に怒っているんですよ。だから3日ほど主人を待たせてから旅立ちます」
「先生、この本面白いから3回も読んじゃったわ」と笑顔で話した文子さんは、結局、3日ではなく1カ月も丹羽さんを待たせてから、「私はもう十分生きました。ありがとう」と言って、旅立ちました。
その後、離れて暮らす家族や親族と一緒に、私たちスタッフは文子さんを囲み、笑顔で見送るために全員でピースをした写真を撮りました。
文子さんの旅立ちから、人と人との関わり、そして目には見えないいのちの不思議さを感じずにはいられません。住み慣れた家で自分らしく暮らすと、残された時間が充実して、死が怖くなくなるのだと教えてくれました。



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