ところで「リタイア・シフト」というタイトルを見た方の多くは、2016年のベストセラー『LIFE SHIFT』(リンダ・グラットン、アンドリュー・スコット 著、池村千秋 訳、東洋経済新報社)を思い出されたのではないかと思う。
平均寿命のデータに基づき、“100年以上生きることが当たり前”の「人生100年時代」が到来することを明らかにした著作である。
とくに印象的だったのは、「人生100年時代においては、従来の“教育・仕事・引退”という3段階の人生モデルは崩壊する」という指摘だ。
そのため、長寿の恩恵に浴するためには、スキルの刷新や人間関係への投資というような“有形無形の資産”を管理し、マルチステージな人生を設計することが大切だと同書では説かれていたのである。
初版が発行されてからすでに約10年も経ったことには驚かされるが、それでも当時読み終えたときに感じた思いは、いまも鮮烈に残っている。
「そもそも本当に100歳まで生きることなどできるのか。いや、できそうではある気もするが、そのころの世の中はどうなっているのか。そこで自分は、どう生きていけるのか」など、さまざまな思いが頭をよぎったからである。
同じような方は、きっと多かったのではないかと思う。
長い老後のためにいくら備えておくか
ちなみに講演などでリタイアメントプランについて話すことが多いという著者の山崎氏は、『LIFE SHIFT』がベストセラーとなる以前には、“私たちの人生は、多くの人が考えているよりも長い”ことをわかってもらうことにずいぶん苦労したようだ。
どれだけ説明しても大半の人がピンとこない顔をしていたというのだが、わかる気はする。当時は、それほど現実味がない話であり、だから『LIFE SHIFT』が衝撃を与えることになったのだから。
また2019年以降は、「老後に2000万円の取り崩しが必要になる」という試算が騒動を巻き起こしたりもした。
不安をかき立てる部分だけが過度に強調され、そこに年金不安論などが絡んで誤解の多い騒動に発展したわけだが、しかしあの騒ぎによって「長い老後=お金を備えておく必要がある」という認識が広まったこと自体には意味があったのかもしれない。
ただし、そこには決定的に欠けていたことがあるのではないか。「いくら備えておけば、長い老後を生きていけるのか。どれだけあれば足りるのか」という現実的な部分である。
その点に関する具体的な答えが足りなかっただけに、不安が不安のまま宙ぶらりんになっていると考えることもできる。
今、「リタイア・シフト」の最前線となっているのはこの日本である。なぜなら、世界トップクラスの平均寿命と健康寿命を持つ人たちが、引退年齢を迎えつつある、世界をリードする「リタイア先進国」だからだ。(39ページより)

