学べば学ぶほど、考えなくなる
私は、「考える力」を育てることを仕事にしている。企業に依頼され、社員の思考力を鍛える研修を行う日々だ。
だからこそ、学問の歴史を振り返るたびに、少し不思議な気持ちになる。学問とは、人が「考える」営みであると同時に、人が「考えなくて済む」ようにするための営みでもあったからだ。
わかりやすい例が、天動説から地動説への転換である。
かつて人々は、地球が宇宙の中心にあり、太陽や惑星がそのまわりを回っていると信じていた。ところが、火星や金星の運動を記録してみると一定の速さでは動いていない。ときに逆向きに進むようにさえ見える。地球を中心に説明すると、そうした不可解な動きに見えてしまうのだ。
このことを説明するため、天文学者たちは「周転円」や「エカント」といった仮想の仕組みを考え出した。円の上に、さらに小さな円を重ねる。それでも合わなければ、また継ぎ足す。考えれば考えるほど、理論は、何十もの円が絡み合う迷宮のようになっていった。


