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キャリア・教育

「学ぶほど考える力がつく」は勘違い→科学が積み上げてきた考えるための"考えない"技術

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コペルニクス像
学ぶとは、考える回数を増やすことではない(写真:Perszing1982/PIXTA)
  • 吉田 幸司 クロス・フィロソフィーズ社長

INDEX

学べば学ぶほど、考える力がつく。私たちはそう信じている。ところが学問や科学の歴史をたどると、それはむしろ、人が「考えなくて済む」ようにするための営みだったことが見えてくる。
「考えること」を追究してきたはずの学問が、なぜ「考えない」を目指すのか。哲学を事業に掲げ、企業で人々の「考える力」を育ててきた経営者・博士(哲学)の吉田幸司氏は、新著『考えない哲学: 思考の終わり、行動の始まり』で、知性の成果にはむしろ“考えないで済むこと”があると説く。
本稿では、天動説から地動説への転換や、中世哲学の「オッカムのカミソリ」を手がかりに、学問が私たちにもたらしてきたものを読み解く。

学べば学ぶほど、考えなくなる

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私は、「考える力」を育てることを仕事にしている。企業に依頼され、社員の思考力を鍛える研修を行う日々だ。

だからこそ、学問の歴史を振り返るたびに、少し不思議な気持ちになる。学問とは、人が「考える」営みであると同時に、人が「考えなくて済む」ようにするための営みでもあったからだ。

わかりやすい例が、天動説から地動説への転換である。

かつて人々は、地球が宇宙の中心にあり、太陽や惑星がそのまわりを回っていると信じていた。ところが、火星や金星の運動を記録してみると一定の速さでは動いていない。ときに逆向きに進むようにさえ見える。地球を中心に説明すると、そうした不可解な動きに見えてしまうのだ。

このことを説明するため、天文学者たちは「周転円」や「エカント」といった仮想の仕組みを考え出した。円の上に、さらに小さな円を重ねる。それでも合わなければ、また継ぎ足す。考えれば考えるほど、理論は、何十もの円が絡み合う迷宮のようになっていった。

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