子どもを持たない生き方を選んだ男女への取材は、実現が難しかった。
「産まなくてよかった」と堂々と語ってくれたのは、そのテーマで本も書いているエッセイストの酒井順子氏だけ。他の人たちは、プレッシャーを受けるか、子どもがいない不安を強く抱いていた。「子どもを持つのが当たり前」と皆が思い込むのはなぜだろうか。
たとえば、育児サポートに力を入れる自治体や、育児期に必要なモノが1カ所で揃い、歩車分離が進んだニュータウンといった「子育てしやすい」環境がある。しかし、そうした環境は、子どもがいない人や1人の時間も持ちたい親に、「居場所がない」と感じさせがちだ。そして「子どもがいない大人」を見ないで育つ子どもたちは、「大人になれば誰でも子を持つ」と思い込む。
現代社会は、大人が1人で活動する空間と、子連れの大人または子どもが過ごす空間が隔てられているから、お互いが相いれない存在となり、柔軟に生きることを難しくしているのではないか。
高度経済成長で約1世代ほど皆婚社会が続いた結果、貧困や仕事との両立が困難といった理由で、子どもを持てない/持たない人の存在を、忘れた人が多いのかもしれない。しかし、余裕がない人が子どもを持ちたがらないのは、生物としての防衛本能、それこそ「当たり前」ではないだろうか。もちろん、生き方として、子どもを持たない人もいる。
しかし、今は余裕のなさがむしろ多様性の否定へつながりがちだ。「第3次産業革命」とも呼ばれるIT化は、人々を拘束し生活の煩雑さを増やしている。新自由主義が社会に浸透した結果、格差は大きく拡大し、報われない思いを抱く人が増えた。新自由主義と絡み合って進展したグローバリズムで複雑化した社会も、ストレスフル。性的マイノリティやさまざまなハラスメントの発見といった多様性を認める動向すら、「正しい」対応に戸惑う人を増やす。
急速な変化に適応する苦しさが、「戸籍上の男女の夫婦が子どもを育てる」という「普通」を、切実に求める心情を生み出しているのではないか? 「普通」に納まるために産みたいと切実に願う人や、子どもがいない男女に「産むべき」と求める人が増えた可能性がある。
性教育の現場からも見えてくる課題
まともな性教育が行われてこなかった影響もあるだろう。「どうすれば女性が妊娠するか」をていねいに教えることには、望まない妊娠を防ぐ以上の効用がある。偏ったセックス観は、自己肯定感やパートナーシップを十分に育めない人を増やし、子どもが生まれにくい社会の遠因になっているのではないか。本連載では、中絶問題に取り組む大橋由香子氏や性教育問題に取り組む染矢明日香氏に、実情や背景を聞いている。
ロート製薬が3月に発表した『妊活白書2025』によれば、2025年に調査した18歳から29歳までの子どもがいない未婚男女400人のうち、男女とも6割以上が「将来、子どもが欲しくない」と回答している。経済的不安やキャリア形成への不安から、初めて女性のほうが望まない割合が高くなった。
子どもの存在が希薄な大人社会に入ったばかりの若者たちには、「子どもを持つべき」というプレッシャー自体が非現実的と見えているのではないか。
政府の少子化対策が「子どもを産み育てるサポート」の提供に留まる以上、大きな改善は望めない。私たちが必要としているのは、「子どもを産んでいようがいまいが、自分を受け入れてくれる社会」。人々の生きづらさこそが少子化の原因だ。「資本の論理」以外の価値基準も持てるか、と問われているのは、この社会の構成員全員である。

