「離婚から7年経ち息子は9月で14歳になって、今では一緒に映画に行ったりもします。ひとりの人間として、息子とつきあえて、彼の意見に感心することもあって。そんなふうに思えるようになったことがうれしいですね。今も関わらせてもらえて、有難いことだと思います」
苦しさは、押し隠すより共有する
彼の告白を「身勝手」の一語で片付ける人もいるだろう。実際に取材の途中で、安達さんは私に、こう問い返した。
「こんな気持ちを口に出している時点で、甘えがあるのかもしれませんよね」
そんなことはない。ただ、同じ思いを抱えていても、口に出せる人と出せない人はいると思う——と、私は答えた。親という立場で口にする精神の未熟さは、口に出した瞬間に「親失格」と批判されかねない。だから、押し隠している人のほうが多数なのではないか。
ただでさえ、以前は当たり前とされた「家族をつくること」、「親であること」のハードルは年々高くなっていて、それは統計的な出生率の低下にも表れている。そんなタイトな状況のなかで懸命に「従来のイメージ通りの大人」であろうとしつつ、そこに葛藤がある人も少なくないのだと思う。
取材のやり取りを通じて、安達さんは何度か「自分のなかの規範性を緩める」という言い方をした。苦しさを押し隠すより、それとまず向き合い、他者に向けて開いていく——彼はいま、そのフェーズにいる。
この部屋も、そのひとつの試みだ。損得では測らず、思想を反映させた家づくり。そして他者にその部屋を公開すること。それは、社会との関係性を編みなおすための、彼なりのやり方なのかもしれない。

