そこで掛川さんは、開業前のトレーニング期間中に方針を転換する。
「『対話をしよう』と話しました。スタッフそれぞれの、この場所でこだわりがあるものや、好きな景色。そういうことをスタッフ同士で、そしてお客様に伝えていこうと思ったんです」
このマインドチェンジが、現場の空気を変えた。
自分で感じたことを伝えるようになると、スタッフの表情が輝きはじめた。すると、「もっとお客様を楽しませよう」という感覚が芽生えるようになった。
ある女性スタッフは、近隣の魅力的な店を開拓し、自ら手書きのオリジナルマップを作成して見せてくれるようになったという。その行動に触発された他のスタッフも、奈良の町を散策するようになる。開業後は、それぞれが客との対話の中で「こんなお店がありますよ」と提案するようになった。
星のや奈良監獄は広い。ミュージアムも併設している。語るテーマは無数にある。乾いた砂が水を吸うように、スタッフたちは自分たちの働く施設を、そして奈良の町を知り、自らの言葉で発信するようになっていった。
階段の前で、足を止めるように
そして、この変化は、あの階段にも及んだ。
マニュアル通りの接客をしていた頃、階段はスタッフにとって「重いスーツケースを運ばされる厄介な場所」に過ぎなかった。だが、マインドが変わった今、彼らは階段の手前で足を止め、ゲストに向かってこう話すようになったのだ。
「実は、当時のままの床と階段なんです。お足元お気をつけて。お荷物はお持ちしますね」
文化庁に残せと言われ、消せなかった階段。ホテルとしての「課題」だったはずの場所は、いつのまにか、この建物の歴史を語り出すための場所に変わっていた。

