そう考えると、「14万7000円」という価格は、必ずしも豪華な設備だけではないのかもしれない。スタッフ一人ひとりの血の通った人間力によって生み出された価格なのだ。
「京都、大阪に追いつけ追い越せをやる必要はない」
ここまで星野リゾートの奈良での取り組みに注目してきたが、奈良に住む私には、もう1つ気になることがある。そもそも「奈良」とは、高級ホテルに宿泊する旅が成り立つ場所なのだろうか?
奈良県は、重要文化財が多く残るにもかかわらず、宿泊客が少なく、お金を落とす人が少ないと言われている。いわゆる「通過型観光」の地である。奈良県の観光業界にとって長年の課題だ。
だが、数年前に奈良在住となった私は、この地に住む人たちからこんな声を聞いてきた。「ここは、静かなままでいい」「無理に華やかにする必要はない」「本物の良さを大切にしたい」――。
「ラグジュアリーホテルとして歩み始めた歴史的建造物」という方向性は、この奈良県民のマインドと近しいような気がする。率直にそう伝えると、掛川さんはこう言った。
「僕もそう思います。京都、大阪に追いつけ追い越せをやる必要はないと思っています。奈良ならではの楽しみ方があって、そのコンテンツをしっかり生み出せたら、奈良の魅力がもっと伝わるんじゃないかなって」
日露戦争後の財政難のなか、明治政府はそれでも、受刑者にレンガを焼かせてまで、この「美しき監獄」を建てた。文明国であることを世界に示すために。採算を考えればとてもできない判断だ。
そして令和の今、他社が採算を理由に手を引いた同じ建物を、星野リゾートが引き受けている。耐震工事だけで60億円。観光収益で国の文化財を残すという、前例のない賭けだ。
100年を隔て、この建物は二度、割に合わない選択をされたことになる。
だが、階段の前で足を止め、その由来を語るスタッフたちがいる。彼らが積み重ねる一日一日が、次の100年へ渡す橋になる。ひとりの奈良県民として、その橋が向こう岸まで届くことを願っている。

