一杯ずつ丁寧にサイフォンで淹れるコーヒーは、若い頃に地元の喫茶店で修行した味だ。古川さんは、方南町の街の気質を「下町的な親しみやすさ」と表現する。
「方南町の場合は、外で飲食をしてきても、最後に地元の店へ戻ってきます。渋谷や新宿で遊んでも、帰りにもう一杯、地元の店に寄っていく。そんな人間関係の近さが、この街には今も残っているんですよね」(古川さん)
試しに、古川さんに「方南町駅は立正佼成会の本部があるからつくられた」という例のウワサについて聞いてみたのだが、「えー、そんな話があるんですか、申し訳ないけど聞いたことがないですね。それは単なる都市伝説でしょう」と、一笑に付されてしまった。
宗教ジャーナリストの見解
それでも諦めがつかない私は、宗教専門誌の編集長として立正佼成会の取材を続けてきた小川寛大さんに聞いた。
「そういうウワサがあること自体は私も知っているけど、事実ではないでしょうね。そもそも時系列が合わない。立正佼成会の創立は38年。一方、中野坂上と方南町を結ぶ丸ノ内線分岐線が開業したのは62年でしょ。教団創立から実に24年も後のことです。また、駅のすぐ近くに大聖堂が建っているわけでもなく、少し歩かなければならない。そうした立地からも教団と駅に直接の関わりがあるとは思えません」(小川寛大さん)
がっかり気味の私に向かって、小川さんはこう付け加えてくれた。
「それでも、街にとって立正佼成会の存在は大きいと言えます。この教団は良くも悪くも”おとなしい団体”なんですよ。かつて広大な敷地の中に”普門館(ふもんかん)”という立派な音楽ホールがありました。世界の超一流の交響楽団が来日公演を行ったり、高校生たちの吹奏楽甲子園の会場としても使われるなどしていたのですが、今は取り壊されてただの広場になっています。
商魂たくましい教団であれば、ここを売っぱらって……みたいなことを考えるのかもしれないけど、立正佼成会はそうしたことはやりません。そんな教団がどーんとあるからこそ、方南町はタワマンが建ち並ぶようなガチャガチャした街にはならないんですね」
どうやら例のウワサは単なる都市伝説だったようだ。でも、今となってはそんなことはどうでもいい。取材を通して、私はすっかり方南町の魅力に取りつかれてしまった。前出の金ちゃんは「毎月文化祭があるような街なんですよ」と笑う。そんな雰囲気が嫌いじゃなければ、方南町は住むとちょっといい街だ。

