復旧に向けて行政と掛け合い、がれきの撤去を進めた。がれきは法律上「財産」で、撤去には全店のサインが要る。ひとりでも拒めば進まない。がれきが2年ほど放置された商店街も全国にはあるのだと、黒瀬さんは言う。
旦過は、がれきの山を4カ月で更地にした。
「4カ月でがれきの撤去ができるって、大規模火災ではありえないことですよね」
言葉に力を込めて、続ける。
「クラウドファンディングを中商連(小倉中央商業連合会)がやってくれて、たくさんのお金が集まったというのが、いちばん大きい。だから『お金はこっちで出します、サインだけしてください』っていう交渉ができた。役所が事務局になってくれて、全店のサインをとってくれたんです」
目標2000万円に対し、2度のクラウドファンディングで集まったのは、約1億6000万円。なぜそれだけの額を集めることができたのか?
「ひとつは、行政が本気で動いてくれたこと。もうひとつはマスコミの皆さんのおかげ。あともうひとつは、旦過市場が皆さんに愛されていたというところだと思います。それがあるから、今残ってるんです」
がれきの撤去が終わり、更地になった。皆さんにお礼の会見をしよう、という矢先だった。2022年8月10日、夜。営業を再開したばかりの店から、2度目の火が出た。
2度目の夜
その夜、「米夢マイム」の店主であり、当時は副会長の中尾憲二さんは大阪にいた。駅前で飲んでいたとき、ニュースで旦過市場の火事を知り、すぐに帰ってきた。
「もう何しとるんだって。せっかくがれき処理して、再スタートっていう時に」
2度とも火事の火元は、自分たちの商店街ではなかった。もらい火だった。でも、1億円を超える寄付をもらっている。込み上げてくる思いも、言葉も飲み込んだ。

