クリスマスを過ぎたころ、杉山さんはようやく目を開く。しかし、そこから2週間ほどは、彼の頭の中で「意識不明から目覚めたての漂流」が続いた。
北朝鮮の建国記念日用のミサイルの中に、最先端の人工知能として格納されそうになっていたり、「Appleの新製品を作るチームになぜか抜擢された」というシチュエーションの中で拘束されていると信じ込んだり、夜中に「魔法看護師」に助けられたり――彼の中で、それらは本当に起きたことだった。退院するために、いくつかの点滴のうちで1つだけが正解で、それを探して自分で摂取しないといけないという、難易度が高すぎる試験に挑んだ、という妄想もある。(おそらく現実では、必死に点滴の管を咥えている危険な患者だったろう)。
ひらがなが読めない…
意識がはっきりし始めたのは、年が明けて5日ほど経ったころだった。そして、状況を理解できるようになった彼を待っていたのは、もっと残酷な現実だった。
喉を切開されていたため、声が出せない。コミュニケーションを取るために看護師から文字盤を渡された。だが、そこに並ぶ50音を見て、彼は絶望する。
「どうやら自分は、ひらがなすら読めない。『あいうえお』はかろうじて分かったけれど、それ以降の愉快な仲間たちが『はじめまして』」
指した文字は「だばど」「じびどん」「ぞどげべ」――両親には「濁点しか指差せない呪い」にかかったようにしか読み取れなかった。
「なんでこんなことができないんだ? 記憶が確かなら、自分は東大生なんだが?」
事実を受け入れられないまま、彼は看護師に口パクで頼んで問題を出してもらい、動きづらいヘロヘロの右手で自分の名前を書いた。家族5人の名前も、ひらがな止まり。あれほど好きだった漢字は、書けない字ばかりだった。「東京大学」という大学名が思いつかない日もあった。
そこからひらがなの練習をはじめる。しかし、なかなか思い出せない。当時のメモには、「らりるれろ」の「り」と「る」が抜けたままの頁が残っている。
言語だけの話ではなかった。覚えていた“じゃんけん”も「紙が石に勝つ意味が納得できない」。QWERTY配列のキーボードを初めて見て、「なんじゃこの配列!! 最初がQなことある??」と本気でキレた。カタカナが分からない。数字が読めない。時計が読めない。運動や動作の技能に関する「手続き記憶」も、飛んでいた。

