玄関にはウォークスルーの収納を設けた。義実家での暮らしで、家族がリビングに荷物を置きっぱなしにするのがイヤだったからだ。帰宅したと同時にすべての荷物を収納スペースに置き、ほぼ手ぶらで部屋に入れる動線を設計。来客用と家族用で動線を分けたことで、来客があるたびに玄関を整える手間がなくなった。
「同居していた家は2階建てだったから、とりあえず階段に荷物を置いておくかという感じだったんです。でもワンフロアなら、帰ってすぐ荷物を収納して部屋に入れます」
こうした動線や使い勝手を一つひとつ考え抜いた平屋には、住みながらさらなる改善と調整を重ねていった。そのため「完成した家」ではなく「育ててきた家」という感覚が大塚さんのなかにあるという。
その家に対する愛着は、やがて自分の家を超えて広がっていった。整理収納アドバイザーとして他人の家を訪れるうちに気づいたのは、自分が「家そのもの」を好きだということだった。
家は「完成」ではなく「更新」するもの
ところが、こだわり抜いた平屋を大塚さんはおよそ13年で手放すことになる。
きっかけは家庭の事情だった。長女は高校を卒業して東京の実家に居候をはじめていた。長男の進学先も、つくば市ではなく都内の学校になりそうだ。家族の暮らしの重心は、少しずつ東京に移っていた。
とはいえ、大切に育ててきた平家を手放すことに迷いはなかったのだろうか。大塚さんは首を振り「楽しみだったし、ラクになる未来しか見えなかった」と即答した。
平屋は快適だったが、それはあの場所、あの時期の暮らしに最適化された家だったのだという。子どもたちが成長し、暮らしのステージが変われば、住まいの役割も変わるのだ。理想の家をつくることと、その家に住み続けることは、大塚さんにとって別の問題だった。
では、その「次の住まい」として彼女はなにを選んだのか。後編では、築40年の実家マンションに移り住むという選択に至った背景と、制限だらけのリノベーションをどのように楽しんだのかを追う。

