それまでの西武車両と大きく異なるさまざまな特徴をひっさげて登場した4000系だったが、当時の西武の「伝統」を受け継いだ部分もある。走行するための機器類だ。
西武の車両は、前述した「黄色い電車の元祖」101系以来、長らく同形式の機器類を基本としてきた。4000系も同様だ。
西武鉄道によると「4000系の走行装置は101系と同様」で、101系の走行装置は「山岳区間を安全に走行するため、150KWの主電動機ならびに抑速ブレーキ付発電ブレーキも備えた力強いもの」(広報担当者)。車体は大きく違っても、機器類は実績のある101系から受け継いだ堅実な設計だ。
池袋から秩父へ直通運転
4000系は昭和の末期、1988年12月のダイヤ改正でデビュー。このときから原則的に飯能駅で池袋方面と西武秩父方面の運転が分離され、4000系は秩父方面の主力として運行を始めた。
平成となった翌1989年の4月には新たに設けた連絡線を介して秩父鉄道との直通運転も始まり、同鉄道の三峰口や長瀞方面へも乗り入れるように。土休日には池袋から長瀞・三峰口行きの快速急行として4両編成を2本連結した8両編成で走り、行楽輸送に対応した車両らしい華やかな活躍を見せた。
現在、飯能―西武秩父間ではワンマン運転を行っているが、これは2003年から。同社によると「ワンマン運転は、運転業務について一定の年数を経過したものに対し、ワンマン列車の運転取り扱いに関する教育を経て担当をすることができる」という。運転については、走る区間が「他の路線に比べて勾配が続く区間も多いことから

