先頭部は曲面ガラスを使った丸みの強いデザインで、当時の資料によれば「全体にストリーム(流線)を持たせたスピード感あふれる形」。ドアは車体の片側に2カ所だ。
車内はドア間に5つのボックスシートが並び、ドア付近がロングシート。「秩父の山並みを楽しんでいただくため、窓を大きく取り、クロスシートとすることで観光ニーズにも応えられる設え」(広報担当者)だ。展望のよさと車内の明るさは重要なコンセプトだったようで、当時の業界誌には「(窓の)最大高さは床面上1750mmとし、展望をよくするため極力高くしている」(『車両技術』1989年2月)とある。
ボックスシートは、当時まだ数多く走っていた国鉄時代生まれの近郊型車両では標準的な座席だったが、国鉄の近郊型はシートピッチ(座席間隔)が1400mm台だったのに対して1640mmとゆったりした配置だ。窓はボックス1つにつき1つ、2枚の窓を並べた「2連」の窓が並ぶ。
飯能寄りの先頭車にトイレを設けているのも、長距離の行楽列車を考慮した車両らしいところだ。かつては清涼飲料水の自動販売機も設置していた。細かい部分では、天井にある照明の蛍光灯は一般の通勤車両では露出していたのに対し、4000系はカバー付きだ。
塗装は「ライオンズカラー」
そして、従来車との大きな違いはなんといってもカラーリングだろう。当時、西武の車両といえば黄色がほとんどで、ローズピンクとベージュの旧型車両「赤電」が最後の活躍を続けていた時期だ。その中で、4000系は従来車とはまったく違う、白地に青・赤・緑という当時の「ライオンズカラー」のラインを配した塗装で登場した。
このカラーの車両は1985年に登場した新交通システム・西武山口線(レオライナー)の8500系がすでに存在したが、新交通ではない一般の車両としては4000系が唯一。8500系との違いは、各色の境に白いラインが入っているところだ。
ちなみに登場年の1988年は、西武ライオンズ(現・埼玉西武ライオンズ)が3年連続5度目の日本一に輝いた年でもある。

