吾野までの開業は戦前の1929年だが、西武秩父線の開業は1969年と比較的新しい。
同線は武甲山から産出するセメント原料の石灰石輸送と秩父方面の観光開発を目的に建設され、吾野―西武秩父間約19kmに16カ所のトンネルと35カ所の橋梁が連続する山岳路線。1967年に着工し、山岳部の難工事ながらわずか26カ月で開業を迎えた。正丸―芦ヶ久保間の正丸峠を越える「正丸トンネル」は全長4811mで、開業時は私鉄のトンネル最長を誇った。
開業時に登場したのは、一時期の西武線のイメージをつくった「黄色い車両」の元祖、通勤電車の101系と、初代の特急「レッドアロー」5000系。どちらもその後の西武の基礎となった電車だ。
「セミクロスシート」の4000系
4000系が登場したのは、それから約20年後の1988年。西武秩父線での運用とともに、翌年4月に控えた秩父鉄道との乗り入れ、池袋から秩父方面に直通する休日の行楽列車としての運用も考慮した車両としてデビューした。それまでの西武の車両とは外観も内装も大きく異なる車両として、鉄道ファンや沿線利用者の注目を集めた。
完成時のパンフレットは「今般、西武秩父線の開業20周年を迎え新たにセミクロスシートの4000系電車を製作致しました」と、同線の20周年という節目に登場した車両であることをアピールする。セミクロスシートとは、進行方向に直角に向いたクロスシート(ボックスシート)と、窓を背にして座るロングシートの双方を備えた座席配置のこと。西武には同種の車両はなく、それまでの西武車両のイメージを大きく塗り替える存在だった。

