「気持ちはわかるよ。でも、まだ早いと思うんだ。失敗したら、君がつらいだろう?」
その言葉に、悪意はありません。むしろ、自分を守ろうとしてくれているのが、痛いほど伝わってきます。だからこそ、A さんは、それ以上を言えなくなりました。守られるたびに、挑戦の扉が一枚ずつ、静かに閉じていく。けれど、その音があまりに優しいので、彼女自身さえ、扉が閉じていることに気づけなかったのです。
違和感が、はっきりとした形を持ったのは、入社5年目の春でした。大学時代の同期4人と、久しぶりに集まったのです。話題は、自然と仕事のことになりました。
別の商社に入ったKさんは、3年目から海外の仕入れ先を任され、最近は単独で出張に行っているといいます。広告会社のYさんは、若手チームのリーダーとして大型案件を回していました。地方銀行のHさんは、経営者と直接やり取りしながら、事業再生の現場に関わっていました。それぞれが、それぞれに苦しみながらも、確かに何かを掴んでいたのです。
Aさんは、自分が何を語ればいいのか、わかりませんでした。穏やかな職場、優しい上司、定時退社。それはたしかに、恵まれているはずでした。けれど、「この5年で、何ができるようになったか」。そう問われて、はっきり答えられない自分がいたのです。その夜は、帰宅してからも、なかなか眠れませんでした。
「いまのまま、続けてくれていれば十分だよ」
それからのAさんは、会社のあらゆる場面に、違和感を覚えるようになります。提出した企画書に、赤字は入らない。返ってくるのは「いいんじゃない」の一言。会議で意見を出せば「面白い視点だね」と褒められるのに、その意見が、何かを変えたことは一度もない。評価面談では「君はよく頑張った。みんなA評価だから」と言われる。
隣のデスクでは、明らかに手の空いた先輩が、毎日定時に帰っていきます。それでも、誰も怒らない。誰も否定しない。誰も困らせない。ただ、自分が前へ進んでいる実感だけが、どこにもありませんでした。
ある日の面談で、Aさんは、思いきって尋ねました。
「私は、3年後には、どうなっていればいいんでしょうか」
課長は少し考えてから、いつもの優しい声で、こう答えます。
「いまのまま、続けてくれていれば十分だよ」
その一言が、彼女の中の何かを、静かに壊しました。冒頭の社長室の場面は、その数週間後のことです。

