地元の人々は、この温泉をお風呂としてだけ使っていたわけではない。
草履やむしろ、縄などの生活用品を作る際、材料となる草を柔らかくするために、石を乗せて温泉に漬けておく「寝処(ねど)」と呼ばれる習慣があった。「草を寝かせる場所」という意味だ。尻焼温泉から車で数分のところで育ったという昭和20年代生まれの男性は、「祖母や母が山から約20キロの草を背負ってきて漬け、川のそばで干して帰ったものです」と語ってくれた。
もちろん、入浴にも使っていた。当時は各家庭に風呂がなく、共同浴場が生活に欠かせない場所だったからだ。男性も通学路が温泉の上を通っていたため、小学校高学年にもなると学校帰りに手ぬぐいを持って入りに来たという。
「尻焼」という名前の由来は、その湧出の仕方にある。川底から熱いお湯が噴き出してくるため、座っていると尻が焼けるように熱い、というのが一説だ。
ただ、男性によればもともとの地元の発音は「しりやき」と「しりあけ」の中間だそうだ。漢字を知らない地元の人々から話を聞いたよそ者が、後から「尻焼」と字を当てたとされている。さらに、昭和の初めには「野花(やばな)」と呼ばれていた時期もあった。その後「しりやき」と「しりあけ」に戻ったものの、「尻」という名前の響きを恥ずかしいと感じた地元住民が、「新花敷(しんはなしき)」への改名を試みたこともあるそうだ。
名前をめぐるこの揺らぎは、この温泉が外の世界とぶつかり続けてきた歴史の、ほんの一端に過ぎない。
生活の一部だった温泉が、役割を変えていった
尻焼温泉が広く知られるようになったのは、80年代のことだ。日本テレビの深夜番組「11PM(イレブン・ピーエム)」の『秘湯の旅』というコーナーで1位に選ばれ、一躍全国区になった。それまで地元民の生活の場だった温泉に、全国から観光客が訪れるようになった。テレビ放送後、バブル期には家族連れが川沿いでバーベキューをするようになり、ゴミ問題が深刻化した。子どもの水難事故も起きた。

