そして2025年5月、川沿いに建てられた内湯の小屋「釜湯」が解体された。屋根のある温泉施設として地元民や観光客に長年親しまれてきたが、小屋の床や浴槽は温泉の蒸気で常に濡れており、来訪者が滑って怪我をするリスクがある。
管理・運営するのは地域住民による組合だ。観光客を歓迎したい気持ちはあった。だが、万が一訴訟になった場合、十数軒の小さな組合には対応する体力がない。小さな組合が抱えられるリスクには、どうしても限界があった。
現在、尻焼温泉のお湯は各家庭に引かれている。地元住民は、自宅で温泉を楽しむという選択に至ったわけだ。
前編で紹介した四万温泉の「河原の湯」、そして「尻焼温泉」。2つの温泉地は、異なる道を選んだ。河原の湯では、台風が来て川の水位が上がっても、人々は入りに行く。自宅に湯船がなく、ここが生活に欠かせない場所だからだ。今後採算が取れなくなっても、簡単には手放せないだろう。一方、尻焼温泉では地元民が川を離れ、小屋も消えた。しかし根っこにあるものは同じだ。温泉は「特別なもの」ではなく、生活の中に当たり前に存在しているものだった。
しかし、外から来た観光客の目には、これらの場所は(良い意味で)「ありえない」ものとして映る。川が丸ごと温泉になっている。古びた石造りの建物の中に湯船がある。そういう驚きが観光の魅力になっている。
この風景は、どこへ向かうのか
温泉が豊富に湧き出る土地の環境と、地域で育まれてきた共同浴場の文化。その2つが長い時間をかけて作用し合い、この風景を形作ってきた。しかし今、この風景をどう守り続けるかが問われている。
25年には「温泉文化」がユネスコ無形文化遺産の国内候補に決定したが、担い手の減少や後継者不足への危機感も、この文化を世界に発信しようという動きを後押ししている。30年の審査に向けて温泉文化をいかに次の世代へ継承するかが問われる中、この風景はどこへ向かっていくのか。

