「これまで、なぜこうした自転車が存在しなかったのか。それは、メーカーの企画担当者の大半が男性であったことが大きいと思います。子育ての現場にいる母親たちが、どれほどの困難を抱えているか、届いていなかったのではないでしょうか。当時はまだ、男性は育児の当事者である自覚が少ない時代。子育ての現場にどんな困りごとがあるのか、企画する人たちは気づいていなかったのでは……?と思います」
試作品を作ってくれたリヤカーメーカーは1台のみで撤退。けれど、中原さんの活動を知った、自転車用品・部品の大手メーカー・OGK技研株式会社が、中原さんの想いに共感し、本格的な共同開発・製造を申し出てくれたのだ。
「これまでは、こんな自転車が欲しいと頭のなかでイメージしていただけでした。でも、熱意があるだけでは、イメージは人に伝わらなかったんです。試乗車があることで、私の考えていることが賛同されやすくなって。小さくてもいいから、目に見える形にする大切さを、身をもって知りました」
16年、中原さんは株式会社ふたごじてんしゃを立ち上げる。双子や年子の子どもがいる母親たちに、自分の意志で自由にお出かけできるようになってほしいという願いを持っている。
今でも心に残っている、幼かった頃の空気の匂い
そして、中原さんがこれだけ熱心に活動するのは、自身の子ども時代の思い出が根底にあるそうだ。幼かった頃、中原さんは夕方になると親の走らせる自転車の後ろに乗って、買い物に行った。そのときに感じた外の空気の匂いは忘れられない。夕焼け空の下で、今日の出来事を話す時間は、いまだに心に残っている。
「私の両親は、ときには暴力をふるう父だったし、心ない言葉を投げつける母でした。それでも、つつじが咲く夕方に父と散歩した時間や、うどんの匂いが漂う商店街を、母が運転する自転車の後部席に座って話をした時間は、確かに愛情を感じた時間でした。どんな理由であれ、親による子どもへの暴力や虐待を肯定したいわけではありません。ただ、楽しい時間もすべてなかったことにして、子ども側であった『私』が愛されなかったという記憶だけで生きていくのは、あまりにも悲しいじゃないですか。親に愛され関わってくれた時間があったこと、その記憶も残したいと思っています。
お母さんたちは本当に頑張っています。どんなに努力しても、それが当たり前だと思われてしまう。少しでもつまずくと、自分が至らないせいだと責めてしまいがちです。でも、子どもはお母さんが笑顔でそばにいてくれるだけで嬉しいんです。お母さん自身が自由で自分らしくいられる環境を作りたいと思っています。誰もがその人らしく、のびやかにいられる環境を作りたいという思いが、私の原動力です」
後編はこちら:「返品率は脅威の0.001%」「リコール時もクレーム皆無」 子どもの教育費200万円を資本金に"背水の陣起業"した彼女の執念

