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国土拡張の野心はトランプだけではなかった 1803年「史上最大のバーゲン」と言われた"ルイジアナ買収"の舞台裏

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「史上最大のバーゲン」と評された、アメリカによるルイジアナ買収の舞台裏とは(写真:uraneva/PIXTA)
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その後、欧州を二分した七年戦争で敗れたフランスは大陸領を喪失。ルイジアナよりも東はイギリス領に、ミシシッピ川以西はスペイン領になっていた。

1800年、フランスで第一統領となっていたナポレオンはルイジアナ経営のコストに悩むスペイン王室に話を持ち掛け、北部イタリアにスペイン領を創設する代わりに、ルイジアナをフランスに返還させる。

これがいわゆる秘密条約。ナポレオンは、カリブ海のフランス領(現在のハイチ)を拠点に、ルイジアナを含む広大な植民地帝国を築く構想を持っていた。

しかし、ハイチで黒人奴隷たちが独立運動を活発化させてしまう。ナポレオンは鎮圧を図り派兵したが、黄熱病や現地住民の抵抗により大失敗に終わった。こうなるともはや北米にルイジアナを単独で保持するメリットは薄くなった。

さらに欧州の戦況も遥か遠くのアメリカでの植民地経営を許さなかった。欧州全域を支配しようとしていたナポレオンにとって、巧みに列強を口説き対仏大同盟を形成するイギリスとの戦争は目前の課題であり脅威であった。

必要なのはコストのかかる植民地ではなく現在使える軍資金である。ついでに言えばアメリカは独立以後力をつけてきており、西進への野心も隠そうとはしていなかった。「いずれ戦争で奪われるくらいなら」という思いもあったのかもしれない。

あるいは戦略に長けたナポレオンのこと、アメリカの国力を増強させイギリスに対抗できる存在に育成する思惑すら擁していたかもしれない。

ニューオーリンズだけを欲しがっていたはずが…

実はアメリカはニューオーリンズだけを欲しがっていた。通商路としてどうしても必要なミシシッピ川。その出口にあたるニューオーリンズを是が非でも押さえておきたかったのだ。

1803年ジェファソン大統領は、リビングストンをパリに派遣。その目的は、ミシシッピ川の出口であるニューオーリンズとフロリダの一部を予算1000万ドルで購入することだった。

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