周辺にはモンキー館や水族館をオープン。当時の新聞によると、幼稚園児を無料で招待する取り組みも行っていたという。そこからは、「子どもたちが楽しめる場所をつくりたい」という創業者の思いがうかがえる。
その後、北関東を中心に店舗を広げ、一時は沖縄県、さらには台湾にも進出した。しかし、拡大路線はやがて大きな転機を迎える。2005年、メヒコは民事再生法の適用を申請。その後、外食企業の傘下で再建を進めながら営業を継続し、店舗を絞りながら現在の形へと再構築していった。
高度経済成長期からバブル期にかけて誕生した大型レストランの多くが姿を消すなか、なぜメヒコは再び立ち上がり、愛され続けることができたのだろうか。
令和の今も支持される理由
チーフマネージャーの小林直樹さんに尋ねると、迷うことなく「変わらないことではないでしょうか」という答えが返ってきた。
実際、伝統のカニピラフは創業当時から変わらぬ製法を守り続け、非日常の空間で食事を楽しむというコンセプトも一貫している。小林さん自身も、高校時代にアルバイトとして働き始めてから30年以上メヒコに勤め続けており、「メヒコ愛」はひとしおだ。
「もちろん、時代に合わせて変えるべきところは変えています。昔に比べると、お客様の層も広がりました。親子3世代で来店されることも多いので、どの年代の方でも食べたいものが見つかるように、和食やステーキ、パスタなどメニューは増やしています」
ゆったりとした席で食事を楽しめるのもメヒコの魅力だ。ホールスタッフは高級レストランを思わせる制服に身を包み、きめ細やかなサービスを提供している。効率や回転率が重視される現代だからこそ、こうしたもてなしがかえって新鮮に映る。
誕生日には、ケーキとバースデーソングのサービスもある。この演出も、創業当時から変わらず行われているそうだ。筆者自身もそんな風に祝ってもらった子どものひとり。スタッフ総出で祝ってくれるので少し照れくさかったが、それでも子どもの頃はこれがうれしかった。そんな思い出もまた、メヒコが長く愛される理由なのだろう。

