「圧倒的ナンバーワンでなければ意味がない」——ソフトバンクグループを率いる孫正義さんは常々そう語っています。まさにその孫さんの言葉を体現するかのような、壮大な「天下獲り」がここから始まったのです。
「辺境の小国」PayPayの誕生
では、どうやって既存プレーヤーの牙城を崩していくか。「インターネット産業の30年」史観でこの当時を振り返ると、いくつかの大きなターニングポイントがありました。
1つ目が、まったく新しい別会社を立ち上げたことです。
ヤフーは上場企業だけに、四半期ごとの業績や株主への説明責任がどうしても伴います。しかも、1つの意思決定に多くの部署や人が関与する。思いきった意思決定がしにくくなる側面は否めません。それに、ヤフーという大きな会社の一部門となると、立ち上げ当初は売上も利益もないサービスですから、予算や人員などのリソースを優先的に配分してもらいにくい。
そこで、ヤフーという巨大な「本丸」から遠く離れた場所に「離れ小島」のJVを置いた。だからこそ、ヤフーの論理や勝ちパターンに縛られない、大胆でスピーディーな意思決定が可能になりました。さらに、予算や人員も独立して確保できる体制を整えることができました。
離れ小島ならではの「ヤフーの論理や勝ちパターンに縛られない意思決定」の1つに、「単体のアプリにした」ことが挙げられます。これが、2つ目のターニングポイントです。
当時のヤフーには、すでに何千万ものユーザーが日常的に使う“国民的アプリ”と化した「Yahoo! JAPAN」がありました。そのアプリの中に決済機能を追加すれば、膨大なユーザー基盤を活かして、もっと有利かつスムーズにサービスを広げられたはずです。ヤフー社内でも、当然その方向性を推す声が多数を占めていましたし、私としてもそれ以外の選択肢は頭にありませんでした。
ところが、ソフトバンク側はこう主張するのです。
「いや、単体のアプリとしても出すべきじゃないですか? 最終的にどっちか伸びたほうをメインにすればいいんだから」
最初にそれを聞いたときは「え?」と耳を疑いました。ヤフーとしては、「Yahoo! JAPAN」のユーザー数を伸ばしたいがために、どうしてもPayPayをくっつけたくなる。でも、ソフトバンク側からすると、「いや、ヤフーのアプリもユーザーからするとワンオブゼムですよ」「Googleだって使ってますから」という感覚なのです。いの一番にスマホシフトした彼らからすると、1つのアプリにあらゆるサービスを集約するよりは、「1個1個のアプリがそれぞれのサービスを提供すればいいんじゃない?」というドライな感覚を持っていました。
令和を生きる皆さんからしたら、しごく当たり前に聞こえますよね(笑)。ところが、ヤフーの中にいるとその「当たり前」が見えにくくなってしまうものなのです。このあたりの「イノベーションのジレンマ」は、書籍『7つの激変』に通底するキーワードの1つです。
かくして、LINE Payや楽天ペイといった巨大な大国の片隅に、辺境の小国・PayPayが誕生しました。キャッシュレス決済市場という広大な大陸の覇権をめぐり、大国に戦いを挑んでいく。インターネット産業史に残る壮大な「大河ドラマ」の幕が、静かに上がりました。
(後編に続く)



