400年以上受け継がれ、2020年にユネスコ無形文化遺産に登録された金沢の「縁付金箔」。その名を名乗るには、いくつかの条件がある。その内のひとつが、「岡山県津山市で作られる手漉きの箔合紙を使うこと」だ。
箔合紙とは、金箔と金箔の間に挟み、1万分の1ミリまで打ち伸ばされた繊細な箔が、互いにくっつくのを防ぐ和紙のこと。湿気にも強くなり、長期間の保存が可能になる。金箔の保存や運搬になくてはならない紙だ。
日本にたった1人の職人
この紙を漉ける職人は、いま日本にただ1人しかいない。岡山県津山市、横野滝のふもとで約220年受け継がれてきた伝統を背負う、上田手漉和紙工場7代目・上田康正さん(60)である。
注文は数カ月待ちで、売り上げの半分は海外だ。世界の需要は伸び続けている。なのに、継ぐ人はいない。
その上田さんは、自らの技術をこう評する。
「自分でもまだまだだと思います。目指す姿には到達していないでしょう」
筆者は上田さんの工房を訪れるため、自家用車を走らせた。住宅街を抜け、車が行き交う県道339号を山側に曲がる。進むにつれ、景色がどんどん山深くなる。車の窓を閉めていても、空気が澄んでいるのが伝わってくる。人影は見えない。だが、丁寧に田植えされたばかりの若々しい苗が輝く。
道幅が徐々に狭くなり、1台の車が通るのがやっとになってきた。両側から雑草が覆いかぶさる道をゆっくり車で進むと、道をふさぐ黒く長いヘビ。慌ててブレーキを踏み、ヘビが横断するのを待つ。

