なぜ人は「わかりやすい意見」に飛びつくのか
ニュースやSNSを見ていて、こんな経験はないでしょうか。
ある政策について、「これは多くの人を救うために必要だ」と説明されると、たしかにそうかもしれないと思う。
ところがその直後に、「いや、これは一部の人だけが得をする仕組みだ」という意見を読むと、今度はそちらも正しいように見えてくる。
会社でも同じです。
「このプロジェクトは絶対に進めるべきだ」と聞けば前向きな気持ちになる。
一方で、「いや、リスクが大きすぎる」と聞けば、不安になる。
子育てや教育でも、「もっと厳しくすべきだ」という意見もあれば、「子どもの自主性を尊重すべきだ」という意見もあります。
どちらも一理あるにもかかわらず、私たちはつい「より強く」「よりわかりやすく」「より断定的に」語られる意見に引っ張られてしまうことがあります。
その結果、「賛成か反対か」「正しいか間違っているか」「味方か敵か」というように、物事を2つに分けて考えてしまいがちですが、現実の問題は、そこまで単純ではありません。
極端な意見に流される人に欠けているのは、「知識量」ではありません。「物事を比べて読み解く力」なのです。


