小学校英語の受験英語化も進み、「英語格差」が小学校の段階ですでに生じている。ONETES(旧首都圏模試センター)によると、入試科目に英語を加えた首都圏の中学校は、2026年度中学入試では約140校。10年で10倍に増えた。
英語教育学を専門とする江利川春雄(和歌山大学名誉教授)は、「制度設計の抜本的な見直しができないならば(中略)英語嫌いをさらに増やさないためにも、教科としての外国語は継続すべきではない」※との提言をした。
※ 小学校段階で「英語格差」、「英語嫌い」が増え教員も指導困難に陥った根本原因 英語教育学の専門家が戦慄した調査結果の数々
夏目漱石が分析した「英語力低下」の要因
日本の英語教育に深刻な問題が生じているわけだが、この問題はどう解決すべきか。先人に聞いてみるのも1つの知恵であろう。
東京帝国大学講師として英文学を講じ『吾輩は猫である』『坊っちゃん』などの小説で知られる小説家の夏目漱石(1867〜1916)。英語が堪能だったが、10代半ばまでは大の英語嫌いだったそうだ。
その理由は癇癪持ちの兄から英語を教わったからで「教わる僕は大嫌いと来て居るから到底長く続くはずもなく」と振り返っている。転機となったのは、大学予備門に入るために予備校の成立学舎へ入学したことだった。
漱石はそのとき「大いに発心して大学予備門へ入るために(中略)ほとんど一年ばかり一生懸命に英語を勉強した」のです(夏目漱石『こころの内と外』大和出版、1973年)。
それまで漱石は漢籍が好きだったのだが、それを一冊残らず売り、夢中になって英語を勉強した。するとあれほど英語が苦手だった漱石は「終にはだんだん分かるようになって」きて、1884年、無事に大学予備門に入ることができた。
苦手意識を克服して英語が得意となった漱石は、帝国大学在学中には鴨長明の随筆『方丈記』の英訳ができるまでになる。
漱石は「現代読書法」の中で「英語を修むる青年は、ある程度まで修めたら辞書を引かないで無茶苦茶に英書を沢山読むがよい。 少し解らない節があったらそこは飛ばして読むこと。ドシドシと読書してゆくと最後には解るようになる。(中略)要するに英語を学ぶものは日本人がちょうど国語を学ぶような状態に自然的慣習によってやるがよい。 すなわち、幾遍となく繰返しするがよい」と述べている。
多読と反復学習によって英語力をつけていった漱石は1911年に「語学養成法」(雑誌『学生』)という文章を書いている。当時も学生の語学力が衰えてきたとされていた。
明治後半になり、なぜ学生の語学力が低下していたのか。明治時代前半には大学での英語の時間も多く、歴史以外の学科、地理・歴史・数学などもすべて英語の教科書で学んでいた。また英語を教えることができる適切な日本人教師もおらず、外国人教師が教授していた。よって語学力が高かったという。

