ところが明治も後半になると、外国人教師の多くは大学の教壇から去り、日本人教師が教えるようになる。また「国語漢文」が重視される「日本的教育」となったことが、語学力が衰退した要因だと漱石は言う。
念のため付言しておくが、漱石はすべての教科を英語で習うという状態をよしとしているわけではなかった。そうした状態は植民地のようなもので「一種の屈辱」であって「(或る局部は英語で教授してもよいが)矢張り生まれてから使ひ慣れている日本語を用いるに越した事はない」と主張している。
時代を超えて響き合う、文豪と専門家の「警鐘」
では語学力向上のためにはどうすればいいのか。漱石は「語学養成法」において、その「改良」策を提示している。漱石は「時間、教授法、教師」の3つ以外には改良すべき方法はないと言う。
「時間」というのは、外国語教育の時間を増やすということであるが、漱石はこれには否定的だ。第二外国語も習う必要があり、「時間の繰り合わせがつかない」と述べている。
外国語学習の時間を増やすのは無理だとすると「教授法」はどうか。漱石は教授法を「肝腎なもの」としながらも、教授法をよく体得した教師が「充分の活用」をしなければ効果はないとする。
「適当な教師」がいれば教授法が完備されていなくとも、成果は出ると言うのだ。ところが漱石は「話すこと、書くこと、読むこと、訳すこと」がしっかりできる教師は「はたして幾人あるだろうか」と「教師」の質についても不安視している。
ただ漱石は学生の語学力を上げるには、よき英語教師を育てる以外にはないと考えていたのであった。また、大学の英文科に入る前に英語を重視した特別教育を行うことも提案していた。よき「教師」の「教授」により、学生の語学力は向上すると漱石は考えたのだ。

