安全管理については、以下の事実を確認したと文科省・京都府は述べる。
・悪天候などによる活動の変更・中止を想定した代案について、学校において事前に決めていなかった。
・今回のプログラムは旅行会社における下見等の確認対象に入っていないにもかかわらず、学校は事前の下見等を行っておらず、現地で事故等が発生した際の対応や救護・通報にかかる施設・設備等の調査・確認を行っていなかった。
・学校において、今回のプログラムに参加する生徒に対して、ライフジャケットの着用方法等の事前の安全指導・教育がなされていなかった。 など
また、文科省ならびに京都府による調査では、以下の言及がある。
・安全管理面においては、事前の下見や研修旅行当日の引率教員の同行、通常の船着き場ではなく護岸からの乗船、事後の生徒の感想において、警備中の船から注意を受けたり、船に乗ることに恐怖を感じたりした者がいたこと
・教育活動面においては、抗議船として日常的に使われている船への乗船や、開会礼拝における牧師のメッセージにおいて、牧師自身が行っている辺野古への移設工事に反対する抗議活動の説明が行われていたこと、2015~2018年の研修旅行のしおりにおいて、座り込みをお願いする文書を掲載していたこと
といった事項について、校長や管理職、教職員の間で疑問が呈されたり、議論がなされたりしたことはない。
つまり、政治的中立性に反するものだったかどうかという評価、議論は別としても、安全面と教育活動面それぞれの問題について、校内でこれまで批判的に検討されることは一切なかった模様で、異論は出なかった。
「就職から退職するまで同じ学校で勤務」の弊害
私は、ここがひっかかる。「これまで教職員会議等で疑問が呈されずに前例踏襲が続き、校長の責任で止めることがなかった」(文科省ならびに京都府の資料で述べられている同志社国際高校側の説明)。なぜ、そうなったのか。
文科省資料では、「同志社国際高等学校では、教職員は一度就職すると退職するまで同じ学校で勤務することが一般的であったが、それが教職員間のなれ合い、相互に干渉しない風土を生じさせていた」と見ている。同校に限らず、私立学校では公立と異なり、人事異動がほとんどないところは珍しくない。


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