これら3つのシナリオが最悪の形で重なった場合、将来的に継承者が途絶える事態をギリギリ回避できたとしても、現在のような皇室への敬愛は得られなくなる可能性が否定できない。継承に関する混乱やスキャンダル、またはあまりに不自然な養子縁組が続いた結果、国民の関心が離れ、「象徴としての役割は終わった」とする廃止論が急激に台頭することは十分あり得るだろう。
民意との乖離…「女性天皇」が検討されていない
その一方で、今回「女性天皇」が具体的に検討された形跡はない。
近年実施された各社の世論調査で「賛成(容認)」が7割前後を占め、圧倒的多数となっているにもかかわらず、である。この民意との乖離は、実は相当根深いものだ。そもそも、天皇の「男系(父親をたどると神武天皇にいきつく血筋という考え方)」の男子による継承の絶対化は、1889年(明治22年)の旧皇室典範から始まったものに過ぎない。
かつて首相官邸で開かれた皇位継承に関する有識者ヒアリング(2021年)に出席した政治学者、歴史学者の笠原英彦は、「皇位継承資格を男系女子まで拡大し、内親王に限り皇位継承資格を認めるべきである。わが国は古来、男系女子に皇位継承資格を認めてきた伝統があり、それが男系男子に限定されたのは、明治22年制定の明治皇室典範以降の短い期間に過ぎない。また、皇位継承順位は男系男子を優先すべきであろう」と述べた(『皇室典範 明治の起草の攻防から現代の皇位継承問題まで』中公新書)。
歴史上、古代から中世にかけて8人(10代)の女性天皇(推古天皇、持統天皇など)が在位したことがよく知られている。ちなみに、即位前の身分が内親王だった例は3人だ。これらはすべて男系の血筋を引く女性が即位している。そうなると、男系男子限定とする「伝統」なるものは明治以降の創作であり、笠原のいう男系女子にも皇位継承資格を認める「伝統」こそが古代から続く「真の伝統」という見方が成り立ってしまう。
これが1つ目の民意との乖離だとすると、もう1つは戦後の憲法との整合性である。日本国憲法第1条には、「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」とある。これは、「天皇の地位」が「国民の総意」に支えられているということであり、人気投票と言わないまでも、「象徴としてふさわしい振る舞い」ができているかが重要であることを表している。
そして、第2条では「皇位は、世襲のものであつて、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する」とある。要するに、第1条で「民主主義の論理(民意・総意)」が、第2条で「王政の論理(世襲・血の偶然)」を求めており、この2つは本来、水と油のように原理的に矛盾するものなのである。
この矛盾が露呈しなかったのは、「象徴」としての務めを果たそうとする歴代の天皇陛下(特に上皇陛下と今上陛下)による「血のにじむような努力」があったからだ。圧倒的な公務、被災地への行幸、あくなき自己犠牲を通じて、事後的に「国民の総意」と合致させるという、極めて高度な綱渡りを行ってきた。

