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明仁天皇「退位」と「皇室典範」改正秘録、安倍官邸と国会との暗闘をいま明かす/川端達夫・元衆院副議長インタビュー

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インタビューに応じる元衆院副議長の川端達夫氏(撮影:梅谷秀司)
  • 塩田 潮 ノンフィクション作家、ジャーナリスト

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2月の衆議院議員総選挙で大勝を遂げた高市早苗首相は、今国会での皇室典範の改正を打ち出している。皇室典範は憲法第2条と第5条に基づいて制定された皇室に関する法律だが、1947年5月の施行以来、本文の改正は一回もない。

一度だけ、前天皇の退位の際に、「天皇の退位等に関する皇室典範特例法」が2017年6月に国会で成立したとき、皇室典範の附則にこの特例法が「この法律が皇室典範と一体を成すものである」という規定が追加された。

このとき、皇室典範の附則の改正と皇室典範特例法の制定に深く関わったといわれているのが、当時、野党第一党の民進党の議員で衆院副議長だった川端達夫氏である。経緯をたどると、民進党の前身の民主党が政権を担っていた菅直人内閣時代の10年7月、当時の明仁天皇(現上皇)が退位を希望していると側近に明かしたのが始まりだったようだ(読売新聞政治部著『令和誕生』参照)。川端氏はその後、安倍晋三内閣時代の14年12月に副議長に就任した。

それから2年半後の17年6月、明仁天皇の退位を認める皇室典範特例法が衆参両院で可決され、成立した。その大きなきっかけとなったのは、10カ月前の16年8月8日、「平成の玉音放送」と呼ばれた明仁天皇のビデオメッセージのテレビ放映であった。

退位や皇室典範改正をめぐっては、安倍首相が率いる内閣と超党派の議論を求める国会との間で、時に厳しい緊張関係があったことはあまり知られていない。その間の事情について、川端氏がインタビューで語った。

皇室典範特例法を制定した端緒

――17年の皇室典範特例法の制定は、「平成の玉音放送」のさらに1年前の15年8月15日、天皇、皇后両陛下を迎えて行われた全国戦没者追悼式で、天皇がおことばを読み上げるタイミングを誤るという出来事が端緒だったといわれています。

知っています。私も現場にいましたから、よく覚えています。所作の順番を間違えられた。あれは会場がざわつきました。みんな起立して、両陛下が入ってこられて祭壇に向かって一礼され、舞台の席にお座りになり、その後でもう一回出ていかれて、おことばを読まれるという手順でしたが、入ってこられて、一礼されたら、すぐにおことばを読もうとして、原稿を出しかけられた。

そのとき、皇后陛下(現上皇后)が気づいて、ちょっとお声をかけられた。それで天皇陛下は原稿を戻されてお席に着かれた。皇后陛下が「まだですよ」という感じで止められたのです。陛下はご自身で「仕事ができなくなってきたのではないか」という意識を持たれたのかもしれません。

――皇位の継承については、憲法第2条の「皇位は、世襲のもの」と、皇室典範第4条の「天皇が崩じたときは、皇嗣が、直ちに即位する」という規定があるだけで、崩御とは別に、退位が可能かどうかは定めがありませんでした。その状況で、明仁天皇が退位に前向きであると明確に意識したのは、いつでしたか。

漏れ聞くところで、そう思っておられるようだということは、だんだん出てきたわけですが、国民に伝わったのは、16年8月8日のNHKでお述べになったビデオメッセージです。お気持ちを国民に伝えられた、いわゆる「平成の玉音放送」です。

――その約1カ月前の7月13日に、NHKがニュースとして「天皇が生前退位の意向を宮内庁の関係者に示している」と報じ、続いて7月29日に、同じくNHKが「天皇がテレビ中継などを通じてお気持ちの表明を検討中」と特報を流して、大騒ぎになりました(日本テレビ政治部著『ドキュメント「令和」制定』参照)。

そのニュースを見てびっくりして、そのときは事情を調べました。NHKなどメディアの知り合いの記者、首相官邸の番記者、官邸にいる役人、自民党関係者も含めて聞いたのですが、みんな「知らない、それはないだろう」と言うんです。もし間違っていたら大変なことで、これはNHK会長の首が飛ぶぞと思いました。

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【安倍政権が設置した有識者会議に違和感】

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