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「ゴミ屋敷で猫と暮らす」吉本ばなな氏の家族の姿に、かつて「動物がすべて」だった虐待サバイバーの私が"共感した"ワケ

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ゴミ屋敷 猫
吉本ばななさんが投稿した衝撃的なエッセイ。家族の現状に賛否の声が上がっています(写真:Hut/PIXTA)
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筆者にとっての理解者は14歳のときに飼ったキャバリアという種類の小型犬だった。初めて飼った犬で、いつも陽気でのんびりしていて、誰にでもしっぽフリフリする男の子だった。

その頃、筆者の学校生活は散々だった。いじめに遭い、教師も親も、誰も信じられなかった。帰宅して愛犬と戯れることだけが、筆者にとって生きる理由だったのだ。

“親友”は、ピュアなまなざしで見つめてくる。「私にはこの子だけ」と思わずにはいられなかった。

「極限の孤立状況」に身を置いていた

筆者の地元の宮崎は、よく台風がやってきた。めったに吠えない愛犬だが、雷が鳴ると、必ず吠えた。両親にとってそれは迷惑でしかなく、夜中トイレに起きては「うるさい!」と叱りつけた。

だけど筆者には、「雷怖いよ。一緒にいてよ」と聞こえる。だから夜中にこっそり起きて、愛犬を抱きしめて添い寝をした。見ると愛犬はぶるぶる震えていた。そしてぺろぺろ筆者の顔を舐めて、安心した顔でお尻をくっつけた。

この子の声は、私にしか聴くことができない――。

ばななさんのnoteを読んで感じたのは、きっとばななさんのお姉さんも、筆者に愛犬の声が聴こえたように、愛猫の声が聴こえるのではないだろうか、ということだ。お姉さんはずっと、たった1人で猫の声に耳を傾け続けてきたのではないか、と。

それは、すなわち、「私の理解者はこの子だけで、この子の理解者も私だけ」という、極限の孤立状況に身を置いていたということでもある。

筆者は、猫も好きだった。親戚のおじさんは、野良猫が大嫌いで自宅の敷地で見かけると、沸騰させたやかんの熱湯をかけたし、近所には虐待まがいのことをする人もいた。野良猫は害悪と捉える人間も多かった。保護猫なんて言葉はまだない時代だ。

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