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「福祉に繋がるべき」との声もあるが…吉本ばなな氏がnoteで被虐待を告白、毒親サバイバーが明かす「毒親から逃げる方法」

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被虐待児の多くは人一倍「親に認められたい」という欲があり、親との関係を絶つのは難しい(写真:Ushico/PIXTA)
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・親に教わらなかった人間社会のマナーやルールを教えてくれた友人
・家庭環境のヤバさを察し、何も聞かずに関係ない楽しい話をしてくれる先生
・子の体調に一切関心のない親に代わり、筆者の体調を心配してくれる顧問
・不登校になった筆者に寄り添いながら、いつでも話を聞いてくれた担任

など、筆者は本当に周囲の人間に恵まれ、ありとあらゆる場面で助けてもらい続けてきた。このとき、相談していた大人は口をそろえて「県外に進学して逃げろ」と教えてくれた。県外でのひとり暮らしのノウハウを聞いては、地獄の先にあるはずの希望に想いを馳せてきた。だが、これには自己開示が必須となる。

虐待を受けている子どもは、「自分が虐待を受けている」と言いたくないものだ。筆者自身も周りの人に頼るには、かなり勇気と覚悟が必要だった。幸い、筆者の周囲にはまともな人がたくさんいたので助けてもらえたが、頼った大人が必ずしも助けてくれるとは限らない。毒親から逃げ出すための選択肢としては、最もハードルが高いかもしれない。

そんな「周囲の人に助けてもらった」なかで、今なお忘れられないエピソードがある。

甲状腺に大量の嚢胞ができた高校時代、診察に付いてきてくれたのは親ではなく担任教師だった

高校生のころ、あまりの家庭環境の悪さから甲状腺に大量の嚢胞ができたことがある。本来なら親が病院に付き添うものの、筆者の母がそんなことをするはずもなく、自分の症状もわからず泣いていた。すると、見かねた担任が一緒に病院に行って話を聞いてくれたのだ。

女性ばかりの病院のなか、親子ほど年の離れた担任が気まずそうにしながらも一緒に病院に行ってくれたあの日の光景を、私は一生忘れないだろう。あまりの気まずさから「おい、今だけお父さんって呼んでくれ」と言う担任を、泣きそうになりながら「お父さん」と呼んだあの瞬間を今でも鮮明に思い出せる。

こうしたまともな大人のおかげで、筆者は人生の希望を捨てずに生き抜いてこられたのだ。

そもそも「親から逃げる」という話をすることは、一般的にはあまりない。親に愛されて生きてきて、親孝行したいと素直に思える人にはなかなかわからない世界がある。わからない世界の話だからこそ、真面目に議論する必要があるのではないだろうか。

毒親から逃げる一歩目を踏み出すには、「愛されたかった自分」ごと切り捨てる勇気も覚悟も必要だ。実際に毒親から逃げ出してしまった人間としては、1人でも多くの被虐待児が「逃げる」選択ができることを祈りたい。

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