第三者が推察するのが野暮であることは重々承知だが、まずここからうかがえるのは「勝手に終わって、勝手になくなっていった」というやるせなさだ。「勝手に」という言葉に、自分の力の及ばないところで事務所がなくなっていったことの切なさが伝わってくる。
二宮は、ジャニー喜多川の性加害問題の騒動の最中に早々に独立を決め、独立の発表時は、その理由を語るコメントが「怖くなった」といった表現だったことで、その真意を測りかねるファンの声も多くあった。
だが今回、3年越しに、その感情がよりリアルに伝わってきたと言えるだろう。「歴史の1ページ」を担おうと決意し、そして紛れもなくその歴史を刻んだ二宮が、“ジャニーズ”が自分の意志とは関係なく、消滅していったときの「怖くなった」だけではない感情が伝わってくる。
ジャニー喜多川のしたことを肯定しているわけではない
もちろん、ジャニーズという言葉を使ったからといって、ジャニー喜多川のしたことを肯定しているといった安直な話ではない。
二宮は昨年、著書『独断と偏見』(集英社新書)の取材会で、会いたい人を聞かれた際に、ジャニー喜多川の名前を挙げ「誠心誠意を込めて謝ってもらいたい」「あの人が人さまに迷惑をかけずに生活してくれれば、僕が所属していた事務所はなくならなかったし、僕は独立という道を辿ることはなかった」と語っていた。
