東洋経済オンラインとは
ライフ #秀吉を天下人にした男、豊臣秀長の実像

竹中半兵衛でも光秀でもない…信長を唖然とさせた裏切り者の正体 別所長治を皮切りに相次ぐ謀反で混乱「三木合戦」の裏側

7分で読める
播磨「三木城」近くの竹中半兵衛の墓
播磨「三木城」近くの竹中半兵衛の墓(写真:kumayosi / PIXTA)
  • 真山 知幸 伝記作家、偉人研究家、芸術修士(MFA)

INDEX

連載「秀吉を天下人にした男、豊臣秀長の実像」の第24回は、織田信長から離反した三木城主の別所長治について『戦国最高のNo.2 豊臣秀長の人生と絆』の著者・真山知幸氏が解説する。

家臣に何度となく裏切られた信長

織田信長がいかに家臣たちから恐れられていたか。信長と親交を持ったポルトガル人宣教師ルイス・フロイスが、著書『日本史』でつづっている。

フロイスは「もっとも私を驚嘆させたのは、信長がいかに家臣から畏怖されているかということ」として、こう続けた。

「信長が手でちょっと合図をするだけでも、家臣たちはきわめて凶暴な獅子の前から逃れるように、重なり合うようにしてただちに消え去りました。そして信長が内から一人を呼んだだけでも、外で百名がきわめて抑揚のある声で返事しました」

信長に報告する際は、徒歩だろうか馬だろうが、とにかく急がなければならなかったという。家臣たちも気が休まる暇がなかったに違いない。「信長はわずかしか、またほとんどまったく家臣の忠告も聞かなかった」ともある。さもありなん、といったところだろう。

重臣の明智光秀が信長を裏切ったのは、信長の暴君ぶりに付いていけなくなったからではないか――。

「本能寺の変」の真相はいまだわからず、そんな見方も強い。ただ、「気性の激しさがゆえに裏切られたのか」、もしくは「裏切られるがゆえに激しい気性になったのか」は判然としない。裏切りが常の戦国時代とはいえ、信長はあまりに多くの裏切りを体験してきたからである。

明智光秀は、信長にとって最初に城持ち大名にした重臣だったが、裏切られた。ほかにも、同盟を結びながら反旗を翻した妹婿・浅井長政や、一度は謀反を許したにもかかわらず再度裏切った松永久秀など、信長が見込んだと思われる有力者ほど反旗を翻す。

2/4 PAGES
3/4 PAGES
4/4 PAGES

こちらの記事もおすすめ

あなたにおすすめ

ライフ

人気記事 HOT

※過去1週間以内の記事が対象