また、レトルト市場においてハヤシライスのカテゴリーが安定して伸長していることや、高価格帯商品の需要が拡大していることも商品化を後押しする要因となった。
「価格ではなく価値で選ばれる商品としての可能性がある」と坂口氏は指摘する。
実際、今回の商品は税込み518円とレトルトとしては高価格帯に属するが、近年は「ごちそうレトルト」と呼ばれる付加価値型商品の市場が拡大しており、地域性やストーリー性のある商品を選ぶ消費者も増えているという。
このため商品開発では、家庭でそのまま楽しめる完成品として成立させるため、店の味を再現しつつ、どこでも作れる手軽さが求められた。橋本さんも、「店の味に近づけることにこだわった」と語る。ここでも、主導権はあくまで現場にあった。
「100年後にも残したい」文化を流通させるという発想
名古屋ハヤシが誕生して10年以上が経ち、橋本さんの意識も変化してきたという。
「最初は知名度を上げることが目的でしたが、続けていくうちに、このメニューを残したいという気持ちが強くなってきました。仮に店がなくなったとしても残る料理にしたいし、できれば100年後にも残っていてほしい」(橋本さん)
その言葉には、打ち上げ花火的なヒット商品ではなく、文化として定着させたいという思いがにじむ。
レトルトという形態は、単なる保存性や利便性にとどまらない。店舗に足を運べない人にも届けることができるだけでなく、赤味噌文化に馴染みのない地域に暮らす人への土産としての役割も担う。つまり単なる商品化ではなく、流通を通じて文化を伝える役割も担っている。
個人店の料理人が発想した料理を仲間とともに広げ、やがて企業の流通に乗る。
名古屋ハヤシは、ご当地グルメがどのように生まれ、どのように広がっていくのかを示す一つのモデルケースになりつつある。それでもなお、最終的な評価は食べる側に委ねられている。
意図して作られた料理は名物になり得るのか。その答えが出るのは10年後か、あるいは20年後かもしれない。そのとき、この料理が当たり前のように食卓に並び、「名古屋に行ったら食べたい」と人々に語られる存在になっているなら、名古屋ハヤシは名古屋めしと呼ばれているはずだ。
