ちなみに、開頭する前に髪の毛を剃る必要はありません。頭部に損傷があれば観察するために剃りますが、男女問わずクシで分け目を作って頭皮を出し、耳のうしろから頭頂部を開頭するため、髪の毛は無事です。また意外と縫った後の傷口もわからないものです。首から下の解剖ではおたまやスプーンなどキッチン用品的な道具もありましたが、頭部の解剖となると道具も一気に専用の工具に近い感じになります。
最後に「まくら」にも触れておきましょう。実は解剖室にはサイズも素材もさまざまな「解剖用まくら」を常備しています。「なんでまくら?」と思われるかもしれませんが、死体は動きませんので、解剖医であるこちらが都度、解剖しやすい体位に変更させるために、まくらが必要不可欠なのです。しかしまくらと言っても綿の入ったものではなく、硬い木でできた、ちょうど線路の枕木と同じようなまくらです。首や胸を切るときには、顎をあげてその部位を伸ばすため、肩の下に高めのまくらを入れます。子どもと大人、体格差に応じてまくらのサイズは微妙に調整できるよう多めに揃えているのです。
生きている人の手術より、死体解剖は飛び散る液体が多い
ほかにも傷をナンバリングするための「番号シール」や、我々が身に着ける感染防止のための使い捨ての帽子、エプロン、手袋(ゴム製、綿製)、マスク、フェイスシールドなど、細々としたものをあげていけばきりがありませんが、「生きている人間の手術よりも、死体解剖のほうが飛び散るものが多い」点はなかなか知られていないかもしれません。
生きている人間を手術する場合、皮膚の切開部分はなるべく小さくするため、液体が外に飛び散ることはそこまでありません。けれども、死体解剖は頭や胸、腹を開き、腸の中までも開く作業です。時には腐敗していたり、虫が出てきたりすることもありますので、汚れの度合いがまったく違います。心臓が止まっているため勢いよく飛び出る血液はありませんが、液体が詰まった腫瘍(嚢胞)を切る際は、小さな切り口から液体が飛び出し顔にかかってしまうこともあります。

