この商店街には、かつて再生への期待もあった。1980年代、伊勢甚の新店舗開業や駅前再開発による客流出に対抗するため、通りをモール化。資料によれば、若者の来街増加や夜間のにぎわい創出など、一定の成果も生まれていたという。ただ、現在の商店街から当時の活気を想像するのは簡単ではない。しかし、なぜか不思議と暗い印象は受けなかった。衰退という言葉だけでは説明しきれない、不思議な明るさがあるのだ。
元社員が語る「街が変化する前に、企業が変わってしまった」
元伊勢甚社員の井手よしひろ氏に話を聞いた。1979年に入社し、94年に退社するまで、外商部やスポーツ・紳士カジュアル用品を担当。外商部の顧客は日立製作所の関連企業や協力会社にとどまらず、地方自治体や公共団体、個人の富裕層にも広がっていたという。
井手氏「バブル期を境に、なんとなく客が減ってきた気がしていた。モータリゼーションが進み、車で少し走れば別の商業施設へ行けるようになった。加えて、日立製作所の若い社員たちは東海村やひたちなか方面へ住まいを移していった。やっぱり、住む街でないと商業は成り立たない」
