東洋経済オンラインとは
政治・経済・投資

「慰安婦問題はなぜ終わらないのか?」Z世代が抱く素朴な疑問に答える。澤田克己×みたらし加奈対談(後編)

10分で読める
慰安婦像
なぜ慰安婦問題1990年代以降に取り上げられるようになったのか?(写真:Yeongsik Im/PIXTA)
2/6 PAGES
3/6 PAGES
4/6 PAGES

澤田:外交的な解決としては、悪いものではありませんでした。これ以外に方法があったかというと、なかなか難しかったと思います。

この合意は、日本政府も韓国政府も一歩ずつ歩み寄って作ったものです。片方の要求を丸呑みしたわけではありません。法律論としては、65年に日韓が国交正常化した時に請求権協定という条約を結んでいます。

ここで定められたのは、日本が有償・無償で計5億ドルの経済支援をすることと、植民地支配下で生じた債権債務の問題はここで「すべて解決された」ことにする、ということでした。

みたらし:国と国の約束としては、そこで区切りをつけようとしたわけですね。

澤田:だからといって、日本がその後、何もしなかったわけではありません。在韓被爆者に対する医療支援や、第2次世界大戦後にサハリンへ残留せざるをえなかった朝鮮人の韓国への永住帰国などを支援する事業をしてきました。

慰安婦問題については少し違う枠組みとなりました。日本政府は「道義的責任」を認めて、元慰安婦に「償い金」などを渡すアジア女性基金を95年に作りました。

ただ、この「償い金」の原資が日本国民からの募金とされたことに、韓国では強い反発が出ました。日本としては政府予算からの拠出だと「法的責任」を認めることになってしまい、請求権協定と衝突してしまうから対応できない。その後、「法的責任」を認めろという韓国側と、「道義的責任」止まりの日本側との対立が続きました。

15年の慰安婦合意は、それを単に「責任」という言葉にして折り合いました。そして日本は政府予算から10億円を拠出した。「政府予算から出したんだから、それでわかってよ」という含みがあります。

「外交」と「人権」がかみ合わない

みたらし:でもその日韓合意のプロセスにおいて、日本のトップの人たちが慰安婦団体に直接会いに行き被害者の声を反映させたかといえば、そうではありません。

澤田:外国政府が相手国の民間団体と直接やりとりするというのは、外交としては考えづらいことです。外交交渉なのですから、韓国内の調整は韓国政府にやってもらうしかありません。

5/6 PAGES
6/6 PAGES

こちらの記事もおすすめ

あなたにおすすめ

政治・経済・投資

人気記事 HOT

※過去1週間以内の記事が対象