何故か。
デジタルソースは、リアルタイムでの更新というスピード感があり、過去への訴求、関連記事の検索などに便利だ。何よりも、スマホやPCがあれば時と場所を選ばない。つまり、効率よく情報収集やニュースの取得が可能というわけだ。したがって、平日のように時間に制約がある際には重宝する。
一方で、デジタルソースは自分の興味や関心のある分野にどうしても集中してしまう特性がある。検索キーワードによるスタートや、検索履歴からのお勧めしかり、である。だからこそあえて新聞という、多種多様な分野に触れることのできる媒体を、時間的に余裕のある週末に活用しているのだ。読み飛ばさずに各紙面を総合的に読むことで、自分の興味関心がない分野にも触れることができる。
もちろん、ひとえに新聞といっても、特徴やスタンス、取り上げる分野の違いが当然ある。だから私は必ず2誌読むようにしており、1誌は固定、もう1誌は毎週変える。そうすることで、前者では継続性、後者では意外性や発見を求めている。
紙媒体のほうが、なんとなくゆっくりと咀嚼して読むことができると個人的に思っている……ということもあるが、いずれにしても効率重視のデジタルソースに加えて、あえてのローテク紙媒体にも頼ってみることで、自分の視野や知見を広げることができるというものだ。
徒歩にすると、目線が「上」に上がる
移動についてはどうだろうか?
地点AからBに移動する時、車、電車、自転車、電動マイクロモビリティ、徒歩など、多種多様な手段がある。効率重視なら公共の交通手段、例えばバスやタクシー、電車を選ぶべきだろう。早いし確実、なによりも自分は身を任せていれば目的地に着く。
この移動時間を使って、以前は新聞や雑誌、本を読んでいる人が多かったものだが、近年ではスマホに目を落としている人が大半だろう。
しかしながら、考えようによっては移動時間もスマホ、帰宅してからもスマホでは一日の大半を目線を上げることなく、小さな画面に向き合い、画面の向こうの世界だけに目を向けている状態であるとも言える。場所は変わってもやっていることは同じ、という状態だ。
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【趣味は効率ではなく楽しむことが主眼】
