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《キラキラ海外駐在妻》のはずが…アメリカで自殺した母 「私のせい」と苦しんだ少女が選んだ"ふたり分の人生"のその先

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前川さん
外資系企業に勤める父の海外駐在に帯同していた7歳のとき、母が亡くなりました(写真:筆者撮影)
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外資系企業に勤める父親のもとに生まれた前川さんは、2年ごとに国内外を転々とする幼少期を過ごし、5歳の頃、家族でアメリカへ渡った。

幼少期の前川さん(写真:前川さん提供)

母親は前川さんを出産した際に産後鬱を患っていた。一度は回復したものの、数年後に再発。不調を抱えるなかで、家族は渡米することになった。

母親は、父親に付き添われて毎週末カウンセリングを受けていた。しかし、父親は数日から1週間単位の出張が多く、英語が不得意だった母は近所との交流もなく、家に引きこもりがちだった。

インディアナ州の長く薄暗い冬も悪影響を及ぼしたのかもしれない。さらに、手伝いのつもりで同行させた父方の祖母との折り合いもあまりよくなかったようだ。

母が自死したのは「自分のせい」

そして7歳の頃、母親は自死した。前川さんは母の死の責任を自分に重ねていた。

「子どもってそういうものだと思うんですよね。親が笑っていれば自然と自分を肯定できるし、親が怒っていたり、夫婦喧嘩をしていたりすると、自分のせいかもしれないって感じるんじゃないかな。なので、私も当時は『自分のせいだ』と感じて、その思いはなかなか拭えなかったですね」

2年間アメリカで暮らした前川さん(写真:前川さん提供)

帰国後、前川さんは7歳で「将来は心理カウンセラーになろう」と決意した。それは、前川さんが感じたアメリカと日本のギャップから生まれた思いでもあった。

アメリカで、母親が日常的にカウンセリングを受ける様子を見ていた。母の死後は自身もカウンセリングを受け、非常に身近なものだった。

しかし、日本では心のケアには「隠れて行くもの」という雰囲気を感じた。さらに当時、日本の自殺者は年間3万人以上にのぼり、「必要な支援につながれないまま亡くなっているんだとしたら、それっておかしなことじゃないか」と疑問を持つ。

前川さんのなかに、「日本でもアメリカのように気軽にカウンセリングが利用できる世の中にしたい」という気持ちが芽生えていた。

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【母が自死したときの家庭教師と再会】

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