慶應と順天堂は落ち、東京医大も補欠合格だったものの、見事、A日程で出願していた札幌医科大学に合格することができました。
「受かっていた時はびっくりした」と振り返る中嶋さんは、こうして、1浪で札幌医科大学の医学部に進学することができました。
「人生は運だ」という確信を得た
浪人期間に様々な学びと出会いがあった中嶋さん。浪人してよかったことを聞くと、「『人生は運だ』という確固たる信念を得られたこと」、頑張れた理由については「環境と周囲の方々のおかげ」と答えてくれました。
「私は帰国子女として、何も努力していないのに親より英語ができました。小さい頃からこれは何かおかしいぞ、と思っていたんです。努力もしないで運良く英語ができたということは、その能力を『自分のためではなく、他の誰かのために使いなさい』ということなのかなと漠然と感じていました。
予備校の1年間でいろんな人を見ていて、その考えがより確信に変わりました。模試でトップを取り続けていた人が本番で力を出せなかったり、当日で体調不良になって合格確実と判定されていた医学部に落ちたりする事例も見ました。
逆に普段模試の成績が悪くとも何故か本番に強すぎる人も見ました。運って大きいよな、コントロールできないよな、と思いました。でも、だからと言って勉強をしなければ受かるものも受かりません。なので、そうは言ってもやっぱり努力はしないといけないのです。
一方で、生まれつきの運というものもつくづく感じました。駿台のトップ層はいつも華やかで外見もステキで遊んでいそうで目立っていました。勉強しているように見えないのに全国模試で圧倒的な成果を出していて、天才は努力だけでは説明できないという現実を目の当たりにしました。『もともとの素質が違うのも運なのだ』と凡人の私は天才を横目にガリガリ勉強をしていました。
よくよく考えるとそもそも世の中のあらゆることに運って大体あてはまるのでは、と気づきました。戦争している国に生まれただけで人生が決まってしまう人たちもいる。自分はたまたま心配しなくていい側の人間として生まれたことを感じ、だからこそ、たまたま運で窮地に陥ってしまった人たちのために何かをしないといけないんじゃないかという気持ちが改めて強くなった1年でした。
私は両親に『浪人していい』と言ってもらえた環境に甘えさせてもらって、その分誰か困っている人に還元しなきゃ、社会貢献しなきゃ、と改めて思いました」
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【今につながる浪人生活最大の収穫】
