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キャリア・教育 #浪人したら人生「劇的に」変わった

「戦争のもたらす破壊力に太刀打ちできない絶望感」《国境なき医師団日本会長》が"人生は運で決まる"と確信した背景

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ナセル病院の手術室で術後の重傷乳児を診る
ガザ地区のナセル病院の手術室で術後の重傷乳児を診る=2023年11月20日Ⓒ MSF
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医学部受験を決めたものの、数学が壊滅的に苦手だった中嶋さん。

そこで彼女が選んだのは、併願ができて英語や小論文の比重が大きい「後期日程」と「A日程(公立大学独自日程)」を組み合わせる戦略でした。

現役時代は名古屋市立大学や京都府立医科大学を視野に入れていたそうです。模試の判定はいつもC程度で、「可能性がないわけではない」という位置でした。

現役の時はスポット的に予備校に通っていましたが、「がっつりとは受験勉強に取り組めていなかった」といいます。

準備が十分でないまま受験に臨んだ結果、案の定合格をつかむことはできませんでした。

医学部を目指し全国から集まった浪人生

浪人することを決めた中嶋さん。 浪人を決意した理由を聞くと、「想定内だった」という言葉が返ってきました。

「どうせ(浪人)するだろうなと思いながら現役の時は受けていたんです。むしろ予定通りというか、医学部を目指す人は浪人が普通でしょという意識があって、医師になるために浪人するのは当たり前のことだという意識がありました」

現役時代から浪人をネガティブに捉えていなかった中嶋さんは、医学部専用の校舎で医学部志望生が集まる駿台予備校の市ヶ谷校で浪人生活をスタートしました。

「都立国際高校ではインターナショナルで女子が多い環境で過ごしました。駿台では全国各地から医学部を目指して集まった多様な人たちとの出会いが新鮮で、新しい仲間ができて楽しかったです。駿台は1〜2浪はたくさんいて、7浪くらいまでいる多浪生のコミュニティもありました」

多浪生に連れられ近隣大学に所属学生のふりをして潜り込んでグループで自習していたとも語ってくれた中嶋さん。成績については、「数学の解き方のパターン認識は少し身に付いた」と語り、模試では現役時代よりも判定が上がります。

“今度は医学部に行ける”という確信はなかったものの、「現役の時よりはだいぶ合格できる可能性が高い」という感覚を持っていました。

「現役の時は受験のことが何もわかっていませんでした。大した準備もしていなかったし、受かる要素がまったくなかったので、1年前とはだいぶ違う状況になったとは思っていました」

センター試験は「良くも悪くもない」程度の結果でしたが、中嶋さん自身は本番に強い傾向があり、判定よりも手応えを感じていたといいます。

出願したのは札幌医科大学(A日程)と神戸大学医学部(後期)のほか、私立は慶應、順天堂、東京医大など都内の数校でした。

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【札幌医科大学に合格】

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