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ライフ #神童だったあの子の今

《年収300万円台から東大進学》「食べるだけで精いっぱい」の家に生まれた"神童"を東大に行かせた親の優しい隠しごと

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病院で勉強する布施川さん
病室で勉強する布施川さん(写真:布施川さん提供)
  • 新倉 和花 東京大学法学部卒・麻雀プロ

INDEX

「一家3人が日々食べていくだけで精いっぱいでした」

世帯年収300万円台の家庭で育ち、東京大学に進んだ経歴を持つ布施川天馬さん。

東京生まれ東京育ちの一人っ子。文字を覚えるのが異常に早い子だった。3~4歳のころに父のおさがりのパソコンで遊び始め、7歳でブラインドタッチを身に付けた。

私立は学費が高く、地方国立は下宿代がかかる……だから彼は「家から通える国立大」である東大の受験を決めた。

しかしその矢先、母の乳がんが発覚する……。

“ぎりぎりのところ”でつないだ日々の中で彼が得たものとは。

文字を覚えるのが異常に早かった

幼いころの布施川さんは、いわゆる“勉強好きの優等生”というより、文字や機械に自然に引き寄せられていく子どもだった。そのきっかけは、父親のお下がりのパソコンだったという。共働きの親のもと、自宅でひとり遊びをする時間に、彼はごく当たり前のようにその前に座っていた。

布施川さんは、幼少期をこんなふうに振り返っている。

「あのころは“勉強している”なんて感覚はまったくなかったですね。父のお下がりのパソコンで遊んでいただけなんですけど、文字を打つことそのものが楽しかった。3〜4歳のころからゲームやタイピングソフトに触れていた時間が、結果的にはいちばん早い学びになっていたのかもしれません」

その影響なのか、布施川さんの父は「文字を覚えるのが他の子に比べて異常に早かった」と言っているという。

最初はディズニーの『ライオンキング』を題材にしたゲームに夢中になり、タイピングソフト『特打』でも遊ぶようになった。

そして7歳、小学生になるタイミングにはすでにブラインドタッチができるようになっていた。文章もスラスラ書けた。

遊びの延長で高い言語能力を身に付け、情報を整理したりインプット・アウトプットしたりするのが得意だった。おかげで小学校では100点を連発した。

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【世帯年収は300万円台】

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