また、稲作には水が大量に必要なので、広範な灌漑(かんがい)を拠り所とする。それには、近隣の農民が協力し、利用可能な水を分かち合い、連結した灌漑システムを維持しなければならない。
このように、稲作と小麦栽培とでは求められる協力の度合いが違い、それに呼応するように、伝統的に稲作を行ってきた中国南部は、昔から小麦を栽培してきた中国北部よりも集団主義的だ。
カトリック教会と産業革命
西ヨーロッパは、カトリック教会の指示にも大きな影響を受けた。カトリック教会が生み出した制度や文化規範によって、家族や氏族の伝統的な権力構造が解体されたからだ。
たとえば、カトリック教会の出現以前は、ヨーロッパでは(そしてまた、それ以外の場所でも)いとこやまたいとこどうしの結婚はありふれていたが、その後、カトリックの教会法によって禁じられた。
その結果、西ヨーロッパの人は、親族以外に伴侶を探し求めるようになり、日常生活に対する氏族の支配力が弱まり、氏族の一員として人々が互いに負っていた責任が減った。
農耕と宗教におけるこれらの違いに加えて、西ヨーロッパは産業革命の中心地だった。産業革命によってテクノロジーと慣行に一連の変化が起こり、人は集団の中に埋め込まれたままでありながら、経済的に独立できるようになった。
工場は、作業場で大勢の労働者が力を合わせて働くことで成り立っていたものの、従業員は自分個人の働きぶりに応じた賃金を家庭に持ち帰った。
雇用者は依然として、望んでいる成果を生み出すために大規模な協力に依存していたけれど、こうして、工業労働者の1人ひとりが自立した。
最後に、文化は「緩やか」か「厳しい」かの程度にも違いがある。つまり、人がどれだけ好きなように振る舞えるかが異なるのだ。
どんな文化にも規則はあるが、緩やかな文化は厳しい文化ほど、人がその規則に従うことを期待しない。
たとえば、地下鉄に乗り込もうとしているときに、閉じかけたドアをこじ開けるのは、ほぼどんな場所でも規則違反だ。そういうときには、次の電車を待つことになっている。

