だが、重要なのは富だけではない。集団主義から個人主義へと続くスペクトル上のどこに社会が位置することになるかを決めるのにかかわってくる要因は、他にも多くある。
それらの要因について考える前に、世界を見渡して、さまざまな国がこのスペクトルのどこに位置するかを確認しよう。
異文化間心理学で屈指の影響力を持つ研究者ヘールト・ホフステードの先駆的な取り組みのおかげで、集団主義と個人主義について、地球のほとんどの地域のデータが手に入る。
ホフステードのデータを見たときに真っ先に気づくのは、集団主義だらけの世界で、オーストラリアとニュージーランド、北アメリカ(メキシコを除く)、西ヨーロッパが例外的に個人主義であることだ。
オーストラリアとニュージーランドと北アメリカには、主に西ヨーロッパからの移民が暮らしていることを考えれば、その例外性がいっそう際立つ。個人主義は西ヨーロッパが起源の少数派の在り方であり、世界の残りの部分は集団的であることを、これらのデータは示している。
狩猟採集民の集団生活
個人主義はなぜ西ヨーロッパに根づいたのか? あるいは、別の訊き方をするなら、それ以外の場所では、なぜ集団主義がこれほど長く残り続けたのか?
あまりに多くの歴史的要因が絡み合っているので、確信を持って答えるのは難しいが、いくつかの要因が働いていたことは見て取れる。
狩猟採集民から始めるとしたら、彼らの独特の生活様式を反映する、集団主義の特定の形態が見えてくる。
一方では、食べ物を得るために狩猟に頼ることにはリスクが伴うため、彼らは労働の成果を分かち合わざるをえなかった。これは強力な形態の集団主義だ。
その一方で、彼らは移動生活を送っていたので、野営地で他の人が気に入らなかったり、集団での決定に賛成できなかったりしたら、小集団に分かれたり、袂(たもと)を分かって他の集団に加わったりできた(そのどちらも、よく起こった)。

