帰宅ラッシュのピーク時間帯は過ぎており、下り電車の各車両は全員が座れるか少し立ち客が出る程度の混雑率で、最後尾車には40人前後が乗車していたとみられている。電車が一旦停車したことで、前方車両の乗客の多くは踏切事故の様子を見ようとホーム上へ降りたといい、後方車両の乗客も一部は車外に出たようだ。
特急列車が追突したのはこの直後、午後8時52分のことだった。
本来なら接近してくるはずがない特急の警笛を聞いた下り電車の車掌や乗車していた清掃スタッフは乗客に避難を促し、車掌らは難を逃れたが、警笛が聞こえてから衝突までは数秒しかなく、全員が避難するには至らなかった。
特急列車はほぼ減速することなく時速約100kmで衝突したとみられ、下り5568A電車の最後尾車両は原型をとどめないほどに大破、10両編成の列車全体も衝撃で約20m押し出された。ただ、最後尾車両以外の車体が折れて潰れる(座屈)ことはなかったのは不幸中の幸いだった。

10時間に及んだ救出活動
筆者がブカシティムール駅前に到着すると、ロータリーから駅前道路まで救急車で埋め尽くされており、事故の大きさを思い知ることになった。すでに乗客の避難は一通り終わったところだったが、救急隊員によって酸素ボンベや点滴袋が次々に駅構内に担ぎ込まれ、被害が最も多い下り電車の最後尾車両では懸命の救出活動が行われていた。
特急列車の数秒ほどのやや長い警笛の後、間髪を入れずに聞こえた衝撃音に驚いて外に出たという近隣住民によると、事故発生時は音や振動というよりも、立ち込める砂煙に驚いたとのことだ。
救出活動は翌28日の朝まで、約10時間に及んだ。事故発生後1週間の時点で死者は16人、重軽傷者数は90人に達している。最後尾車両は女性専用車のため、死者と重傷者は全員が女性だった。
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【なぜ特急は止まれなかったのか】
