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ライフ #東京で最初に住んだ街

「え、昭和にタイムスリップした?」 札幌のニュータウン出身の19歳女子が上京して住んだ「レトロすぎる」横浜の街の実態

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文芸を学ぶため、札幌から上京した筆者が暮らした西谷(写真:筆者撮影)
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親に高い学費を払ってもらっているくせに学校をサボりがちで、家事もちゃんとしない、不安定ですぐに泣いて寝込むどうしようもない娘。父は声を荒らげたくなることもあっただろう。父は、札幌にいる母にはよく私の話をしていたようだが、私本人に何かを言ってくることはなかった。

褒め言葉も母づてに聞いた。父はたまに回転寿司に連れて行ってくれたのだが、父が「回転寿司行くか?」と言うと、私は「わーい!」と言って喜んだらしい。父は母に「あいつ、子どもみたいに無邪気に『わーい!』って言うのが可愛いんだよな」と言っていたそうだ。

私は子どもの頃だって、父から可愛いと言われたことはない。父はシャイなのか、あまり子どもを褒めない人だった。

父は私の担当編集者だった

父との唯一の共通の話題は「小説」だった。私も父も、小説を読むのが大好きなのだ。私が小説好きになったのは父の影響で、小学生の頃から、父の本棚にある本を勝手に読んでいた。佐藤愛子も阿刀田高も宮本輝も父の本棚で出会った。

当時の私は小説ゼミに所属し、作家を目指して小説を書いては新人賞に応募していた。怠惰な学生だったが、文芸創作系の授業はサボらなかったし、課題も毎回提出していた。

私は小説を書くたび、父にそれを読んでもらった。父は仕事が忙しくても必ず読了し、感想をくれた。「ここのセリフ、30代の男はこんな言い回ししないんじゃないか?」と編集者並みのフィードバックをくれることもあった。しかし、私の小説はよくて二次選考止まりだった。

取材時に見かけた猫(写真:筆者撮影)

父との二人暮らしはあっけなく終わった。卒業後に入社した求人広告の会社を3カ月で退職し、怒った母によって札幌に強制送還されたのだ。最後まで迷惑と心配をかけっぱなしだった。

やがて父も定年退職し、札幌の実家に帰った。私は北アルプスの山小屋で働いたり、結婚したり、半年間の長旅に出たり、ライターになったり、離婚したりして今に至る。

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【アパートの近所も、やっぱり昔のまま】

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