「君がここで何か始めたら?」
10日間悩んだ。スペイン語も英語も話せない。料理の専門教育も受けていない。それでも決断した理由を、洋花さんはこう話す。
「やっぱり、自立したかったんです。世話をしてもらっている自分が、すごく嫌で。スペイン語の勉強にもなるし、巻き寿司だったら出せるかなって」
しかし、背中を押してくれた彼は数カ月後にアメリカへ渡り、2人の関係には終止符が打たれた。洋花さんはマドリードでひとり、店と向き合うことになる。
独自のカリフォルニアロール
開業時のメニューは、母のお弁当屋の延長だった。巻き寿司に、ひじき、おから、揚げ出し豆腐、照り焼きチキンといった惣菜が並ぶ。 日本のお弁当屋を、そのままマドリードの市場に開いたような店だった。
ただ、ひとつだけ、母のメニューにはなかったものがある。アボカドの代わりにマンゴーを巻き込んだ、独自のカリフォルニアロールだ。直感だけで決めた。この一品は19年後の今も、開業時とほぼ同じ味のまま、看板メニューとして残っている。
寿司は、ほぼ独学だった。朝、店を開ける前にマドリードの先輩寿司職人の元へ通い、魚の捌き方を教わる。同じ市場の上階には、マドリード在住の日本人料理人たちが魚を仕入れに集まっていた。
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【マドリードで1人きりに】
